僕の母がエホバの証人になったのは、僕が5歳のときでした。
僕は母に連れられて集会に行くようになりました。
当初、父は反対していましたが、後に父も聖書研究を始め、結局夫婦そろってバプテスマを受けました。
父が研究を始めてからバプテスマを受けるまで、わずか1年弱。急成長でした。
一方僕は、両親がバプテスマを受けた2ヶ月後に神権宣教学校に入学。
それから半年後、小学校入学と同時に伝道者になりました。
ちなみに、なぜそんなに早かったのか?
大きな理由は、5歳ごろから漢字を読めていたことです。
そのため、聖書や「ものみの塔」などエホバの証人の出版物を独力で読んでいました。
(もちろん、どこまで内容を理解できていたかは怪しいですが・・・)
そんなわけで、小学校低学年のころから、僕は「親に連れられている」というより、
「自ら聖書を学んでいる」という意識が強かったように思います。
当然、「親に連れられて集会に来ている」同年代と話が合うはずもありません。
会衆内で話し相手といえば、もっぱら年配の姉妹たちだった覚えがあります。
神、聖書、そして教会
エホバの証人から離れた人の中には、無宗教のままでいる人も多くいるようです。
宗教に頼らず、自分の哲学で立派に生きている人たちがいます。
そんな彼らを僕は尊敬します。
でも、僕はエホバの証人を辞めた後も、「自分はクリスチャンだ」とずっと思ってきました。
神を信じ、聖書を神の言葉として大切にしてきました。
やはり自分の心のよりどころは、聖書と聖書が教える神でした。
教会に行くことについて、以前はとても抵抗がありました。
十字架にも抵抗がありましたし、三位一体は不可解でした。
でも、日常生活を送っている中で、なかなか聖書を開いてゆっくり黙想したり、
聖書に書かれている内容についてだれかと語り合ったりする機会がないと、
だんだん神や聖書から離れていってしまうような気がしました。
そこで、勇気を出して教会に行きました。
信仰の仲間として、聖書から語り合える時間はとても楽しかったです。
そして、また教会に来たいと思うようになりました。
まだ、定期的に教会の礼拝に出席するには至っていませんが、
機会をみつけて行こうと思っています。
ちなみに、僕が最初に行った教会はバプテスト派の教会です。
家の近所にある教会は日本ホーリネス教団に属しています。
宗派の違いについてはまだよく分かっていません・・・(^^;
はじめまして。Joelです。
元エホバの証人2世のJoel(ジョエル)といいます。
とはいっても、エホバの証人を完全に脱会したわけではなく、いわゆる“自然消滅中”です。
エホバの証人としての活動から離れて、もう10年近くなります。
当時はまだ20代初め、しかも、うつ病で寝込んでしまい、回復途中だったため、
職に就くのも、会社へ毎日通勤するのも、仕事をこなすのも、大変でした。
精神的に非常に不安定な状態でした。
自分が物心ついた頃から信じてきたものの何を捨て、何を守るのか、
何が正しく、何が間違っているのか、
心の中で整理がついていないまま、日々を送っていました。
そして、今。
3年前に結婚しました。
社会人経験も積んできました。
リストラの嵐が再び吹き荒れる中、今のところは安定した職にありつけています。
ようやく自分と向き合い、心の中を整理しようとしているところです。
そんな僕の思いをつづっていこうと思っています。