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2009年7月一覧

解散!

さきほどオフ会の二次会を終えて解散しました。
今回集まってくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。
多々不手際がありましたこと、お詫びします。m(_ _)m
次回は、もっと楽しんでいただける会にしたいと思っていますので、もしご都合が合えば、ぜひご参加ください。


「母なる組織」

エホバの証人は、自分たちの組織を母にたとえます。
エホバが父で、組織が母。
僕にとっては、ヘドが出そうな言葉です…。
無条件に子供を愛するのが、母の愛でしょう?
あんな冷酷で非情な組織を母だなんて、とても思えません。
僕は小さいころから、愛に飢えていました。
「自分は愛ある組織におり、両親も僕を愛してくれているはずなのに、なんでこんな気持ちになるんだろう」と、何度も思っていました。
最近になってようやく、悟りました…
僕は子供なのに、親を理解し、親を認め、親を愛することを要求されていたんです。
組織にしても同じこと。
組織が僕を受け止め、理解し、愛してくれることなんて、ありませんでした。
組織の一員として、組織を理解し、組織の一部となるよう努力することを求めつづけられてきたんです。
自分の必要は全く顧みられず、自分を消耗していく日々…。
その積み重ねが、二十歳のときに鬱になって寝込んでしまうという形で表れたんだと思います。
いまさら自己憐憫に浸るつもりはありません。
いまや僕は一社会人であり、妻を支え、養う責任を負っています。
でも、過去を冷静にみつめることは、これから前へ向かって足を進めるために必要な作業だと思います。
僕は「条件つきの愛」しか受けてこなかった。
そして、その元凶は、エホバの証人組織。
この事実は、永遠に変わりません。


おはようございます

昨夜はカプセルホテルで泊まりました。
おっさんのいびきがうるさかったけど、マイスリー2錠のおかげでよく眠れました。
でも、カプセルホテルは携帯の充電ができひんし不便。
やっぱビジネスホテルで、ネットの使えるところがいちばんですね。
さて、今日もお仕事です。
明日以降はお休み、というか就職活動。
次回のお仕事は来週、富山に行きます。


おしごと

短期の仕事を紹介してもらいまして、就職するまでのつなぎにいいかと請けたのはいいのですが…
超ハードでした(>_<) おかげで、この時間でもう眠くてしょうがありません。 おやすみなさいぐぅぐぅ


地域大会一日目

行ってきました。大阪ドーム。
さんまのテレホンショッキングを見ていたかったんやけど、途中でテレビを消して、午後のプログラムだけ聞きましたw
8年ぶりの大会でしたが、そんなに違和感は感じませんでした。
人が多すぎて、人混みにまぎれられるのがいいのかも。
十数年ぶりに見かけた、地元の兄弟たちの老けっぷりに、歳月を感じました…。
プログラムは、やたら「クリスチャンとして」と言うところ(JWに「クリスチャン」を名乗ってほしくないわい!www)や、相変わらず「邪悪な世」を連呼するところに辟易しました…。
インタビューに登場した若者は相変わらず、高校卒業→正規開拓のパターン。
やはり大学教育を暗に否定する流れは感じました。
午後の最初のプログラムでは、「過去に年代に関する誤った期待があったのはなぜか」を取り上げていました。
「ずっと見張っているからだ」とかいう、とんちんかんな回答でしたが、その誤った期待のために人生を狂わされた人々についての言及はなし。
あとは…新しい歌の本の発表がありました。
来年から使うそうな。
現行の歌の本より90曲も減り、135曲になるらしいです。
相変わらず突っ込みどころ満載でしたが、自分に当てはめなければいけないというプレッシャーを感じず、客観的に話を聞けたからか、気分的には意外と楽でした。
現役じゃなくなると、こんなに気持ちが軽くなるんやと、我ながらびっくりw
なにより、愛する弟や親戚に会えたのが、嬉しかったです。
でも、霊的には励まされませんwww
これから、元JWの方々にお会いすべく、教会に行ってきます(^-^)


地域大会

今年も、地域大会のシーズンがやってまいりました。
大阪ドームは今週末らしいです・・・
exjw2.net blog by Joel
敵地偵察、行ってみようかなw


晴れるや先生のお見舞いに行ってきました

昨日、ホープチャペルなんばのニック牧師および仲間の兄弟姉妹と共に、
「晴れるや先生」こと、ホープチャペル八尾の高内牧師のお見舞いに行ってきました。
晴れるや先生のブログ
http://ameblo.jp/jesusno1/
ホープチャペル八尾
http://hopechapelyao.web.fc2.com/

教会の掲示板に経過が載っていますが、先生は肝臓の摘出手術をされました。
順調に回復しておられ、今週中にも退院できる見込みとのことです。
一緒に賛美を歌い、祈りの時を持ちました。
見舞いに行ったわたしたちも、ほんとうに励まされました!


ブロガーさんにお会いしてきました♪

ブログは最近初められたそうですが、洗礼を受けて20年以上になられる、信仰の先輩ですニコニコ
奥様が元JWとのこと、びっくりしました!
信仰の仲間の輪がこうして広がっていくことは、本当に嬉しいですニコニコ
主に感謝です☆


東京オフ

今日は、としきさん主催のオフがあるんですよね。
行きたかったなぁ~。
休職→退職など、予定外の出来事が重なり、行けなくなりました。(つд`)
オフ参加者の皆様、楽しんできてくださいね☆



おすすめの本!「境界線(バウンダリーズ)-聖書が語る人間関係の大原則」

境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則/ヘンリー・クラウド
¥2,520
Amazon.co.jp

まだ3分の1くらいしか読んでいませんでしたが、目からうろこの連続でした!
エホバの証人が、教理においても組織においても、いかに非聖書的であることが、本書を読むとよく分かります。
(もちろんこれは、エホバの証人だけでなく、他のキリスト教系カルトにも共通して言えることなのですが・・・)
なぜ、エホバの証人に多くの精神疾患が見られるのかも明確になります。
つまり、エホバの証人は「境界線」を壊しているのです。
そのために、エホバの証人の多くが苦しみ、悩み、傷ついているのです。
特に2世は、「境界線」を持たずに育ってきたため、「生きづらさ」を抱えています。
人間関係における諸問題を解決する上で、「境界線」を持つことの大切さが、本書を読むとよく分かります。
推薦文から引用します。
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バウンダリーというのは、自分の責任と他人の責任の領域の境界線のことなのですが、・・・(中略)・・・この境界線の曖昧さは、日本社会の根底にある日本人特有の傾向であり、それだけ問題の根っこは深いのです。
日本におけるカウンセリングも含めたこれまでのアプローチを考えてみるときに、互いの責任を明確にするよりは、むしろ曖昧にするような対処の仕方であったと思われます。曖昧にすると、どちらか一方に我慢を強いるようになり、解決するどころか、表向きは平穏でも関係的には身動きできなくなるような、八方塞がりの状況に追い込まれてしまうのです。
しかし、バウンダリーの概念を用いたアプローチは、この根底の問題にメスを入れながら対処することが可能なのです。
方法としては、まずバウンダリーの有効な手段である「ノー」と言う選択肢を明確にします。人と人との間の曖昧さから生じる問題に対しては、「ノー」を言わずして根本的な解決はあり得ません。また、「ノー」という選択肢は、単に「ノー」と言うための「ノー」ではなく、心から「イエス」と言うためでもあることを強調します。
さらにバウンダリーは、自分を取り巻く人間関係がどんなに八方塞がりのようであっても、有効な解決手段を提供します。例えば他人の態度や行動が原因で生じた怒りや不安等の感情も、他人のせいにするのではなく、つまり、相手を変えることではなく、自分を変えることで解決しようとするのです。
このようなアプローチこそ、片方だけではなく、共に成長できる人間関係の構築が可能となります。
その秘訣は、本書が「真理」と「愛」という本来相容れないような二つの概念を統合しているからです。
真理だけを土台とする関係は傷つきやすく、それだけもろくもなりますが、「愛を伴った真理」を土台とした関係は、互いの責任の領域を尊重しつつ形成することができます。
そしてこれは、バウンダリーを確立すること無しには不可能なのです。
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第1章は、「バウンダリー(境界線)を持たない人のある一日」です。
ここで指摘されているのは、
1,より一生懸命頑張っても解決にはなりません。
2.恐れから親切にしても解決にはなりません。
3.他人のために責任を取ってあげても解決にはなりません。
実を結ばぬ努力恐れに満ちた親切過剰な責任感が指し示す問題の中核は、「人生を自分のものとすることに深刻な困難を覚えている」ということです。
エデンの園で、神はアダムとエバに「所有権」について語られました。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ」(創世記1:28)。
神の似姿に造られた私たちは、一定の任務において責任を持つように造られました。責任(または所有権)を持つことには、何が自分の仕事であり、何がそうでないかを知ることが含まれます。
自分に課せられた義務ではないことを次々と負ってしまう働き人は、いずれ燃え尽きてしまうでしょう。自分がするべきこととそうでないことを見分けるには知恵が必要です。私たちは一人で何もかもすることはできないのです。
私たちの生活における責任と所有権の混乱は、「境界線」の問題です。家を所有している人なら誰でも自分たちの土地のまわりに物理的な境界線を引くように、私たちは、精神的、身体的、感情的、霊的な境界線を自分たちの人生に引く必要があります。それは、どこまでが自分の責任であり、どこからは違うのかを区別できるようになるためです。
適切な境界線を、適切な時に、線を引くべき人との間に引けないでいると、大きな害をもたらすことになるのです。
そして、これこそ今日のクリスチャンたちが直面している最も深刻な問題の一つです。大勢の誠実で献身的な信者たちが、どうすれば聖書的にふさわしい限度を設けることができるのか、大きな混乱の中で葛藤しているのです。そして、境界線が引けていないのだと指摘されると、彼らは次のような質問をします。これらはとても良い質問です。
1 限度を設けつつ、なおも愛にあふれた人でいることはできるだろうか
2 適切な境界線とはどういうものか
3 もし誰かが私の境界線のせいで怒ったり傷ついた場合にはどうしたらいいか
4 私の時間や愛、エネルギー、お金を求めてくる人たちに対しては何と答えたらいいか
5 境界線を引こうと思うとき、罪悪感や恐れを覚えるのはなぜか
6 境界線と従順はどのような関係にあるのか
7 境界線は自己中心的ではないのか
今まで、これらの問題に対して聖書が示す答えが誤って伝えられてきたため、境界線について多くの間違いが教えられてきました。
それだけでなく、鬱、不安障害、摂食障害、依存症、衝動障害、罪責感、恥、パニック障害、結婚や人間関係における葛藤など、臨床心理学的な多くの症状は、その根底に境界線の問題があります
本書では境界線について聖書的な見解を提示します。
・境界線とは何か、
・それによって何が守られるのか、
・境界線はどのように形作られ、どのように損なわれ、どのように修復されるのか、
そして
・どのように境界線を用いたらいいのか、
などです。
本書は前述の疑問に答えるだけでなく、さらに多くの示唆を与えることでしょう。
私たちの目標は、皆さんが聖書的な境界線を適切に用いることによって、神が、ご自身の子供である皆さんに望んでおられる目的や人間関係に到達できるよう手助けをすることです。
境界線は、神のご性質のなかで、神が造られた世界で、また神の民の間で機能しており、そこに深い聖書的な本質が見られます。皆さんがこの境界線の聖書的な本質を知るようになること、それが本書のねらいです。


7/1

早いもので、2009年も半分が過ぎてしまいました・・・
この半年、いろんなことがありました。
つらいこと、しんどいこともたくさんありました。
でも、希望も見えてきました・・・。
JWを離れてから十年余り。
洗礼を受け、クリスチャンとしての歩みを始めました。
JWのことを完全に整理できたわけではありませんし、
迷うこともたくさんあります。
特に、今もJWにとどまっている母や弟、親戚を思うと、
やるせない気持ちもあります・・・。
でも、自分がこの十年余りにわたって抱いてきた疑問や悩みに対して、
神は答えを与えてくださったと思っています。
神から、歩むべき道を指し示していただいたと思っています。
今はその道を、ゆっくり、でも確実に歩んでいきたいと思っています。
仕事については、この1年、ずっと悩んできました。
去年後半からの大不況。
ここまで雇用状況が悪化するとは、想像していませんでした。。。
そんな状況で転職活動をすることに、大きな不安があります。
いつになったら仕事が決まるんだろう・・・
こたえがいつ与えられるのか、分かりません。
でも、しかるべき時になすべき仕事が与えられると信じていこうと思っています。
妻のうつも、一進一退というかんじです。
確実に回復には向かっていると思うのですが、やはり寝込むこともあります。
義父母の理解・協力が得られないことが、大きな障害になっているように思えます。
まだまだ乗り越えていかなければいけない課題がたくさんあります・・・
さて、今日からまた頑張ろう!!o(^-^)o