ごぶさたしています。
いろいろありまして、しばらくブログの更新はお休みしています。
皆さんにとって、幸せな聖夜でありますように☆
「2009年」一覧
11/28(土) なんばオフ まとめ
午前10時すぎに、難波に到着。
一次会場に向かい、掃除・片付け。
11時にマイミクさんご夫妻が名古屋から来られる。
一緒に五右衛門のパスタを食べ、その後は一次会場にて歓談。
14時ごろ、ゆずぽんちゃん到着。
マイミクさんをお見送りしたあと、ゆずぽんちゃんとコンビニへ買い出し。
14時半ごろ、HIROさん到着。
つづいて、あっちゃんがはるばる山陰から到着。
そのうち、Aさん(仮称)親子、ロキュータスさん、あるふぁさん、ふゆっこさんと、順次到着。
一次会場があまりに意外な場所で、皆さん驚かれていましたが、
けっこう盛り上がりました。(^O^)
とくにAさんママ、完全に場を仕切ってるしw
さすが母強し!
17時半すぎに一次会場を撤収、二次会場の居酒屋へ移動。
ひとごみの中で、ゆずぽんちゃんは兄チェルベロさんと感動の再会!
居酒屋の前で、LINさんと合流。
その後、愛弥さん、mountainさんも来られて、二次会スタート!
予定より人数が増えてしまったこともあり、部屋が狭いとか料理が少ないとか、
いろいろ問題はありましたが、それぞれ歓談いただけたかと。
20時すぎに居酒屋を退出。
風邪ぎみの愛弥さん、LINさん、そしてAさん親子と別れ、残ったメンバーで三次会@カラオケへ。
あるふぁさん、大熱唱!
あっちゃんは完全にキャラが変わっちゃってるしw
一次会とは違う面がみられて楽しかったです。
大盛り上がりしてるうちに、23時半になってしまいました。
チェルベロさんは完全に酔っちゃって、ひとりで歩けない状態。
その後どうやって自宅までたどり着いたかは、ゆずぽんちゃんのオフレポを参照w
・・・といったかんじで、大いに盛り上がったオフ会でした。
次回は春、3月の三連休あたりにやりたいなぁ、と思っております。
インタビュー:村上春樹、 「1Q84」で描くポスト冷戦の世界 (ロイター)
村上春樹が、ロイターのインタビューにこたえています。
http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPJAPAN-12605620091125
「地下鉄サリン事件後、村上氏は60人以上の関係者にインタビューを重ね、なぜ人々がカルト集団に入るのかを追究してきた」そうです。
その中には、エホバの証人2世も含まれているものと思われます。
「一体どういうふうに生きればいいのか、何を価値、軸として生きていけばいいのか、当然そういう疑問が出てくるが、今、特にこれという軸がない。カルトというものはそういう人たちをどんどん引き付けてゆくことになると思う。僕らができることは、それとは違う軸を提供することである」と村上氏は言う。
過去記事:
1Q84 BOOK1
http://
1Q84 BOOK2より
http://
寄稿文の補足 by Joel
先の記事、クリスチャンの方々にとっては、「なんて不信仰な文章だ」と思われるかもしれません。
しかし、これはあくまでも、親から信仰を強制された二世の言葉であることを念頭に置いていただきたいと思います。
二世たちは、信教の自由・良心の自由・思想の自由を与えられずに育てられました。
彼らにとって、まず、「神を信じるか信じないか」を選ぶ権利が与えられること、これが脱カルトの第一歩なのです。
残念ながら、多くの二世にとって、絶対主義的なJW組織・親のイメージが、そのまま神のイメージとなり、嫌悪の対象となっているのです。
彼らに、単に「神を信じよ、イエスを信じよ」と説くだけでは、彼らの心は救われません。
まず、「良きサマリア人」となってくれる友人を通して、神の愛と恵みを実感してもらうこと、そういった体験の積み重ねを通して、これまでエホバやJW組織に抱いていたのとは違うものが、真の神に、真のクリスチャンにあるということを、時間をかけて知ってもらう必要があると思います。
それから、「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、「衣食足りて信仰を知る」とも言えると思います。
親と絶縁し、頼れる身内もなく、生活するすべも知らず、衣食住に困窮する二世にとって、信仰なんて二の次です。
まずは、この世間の大海の中で生きていくことこそが、最初かつ最大の試練なのです。
ですから、まずは彼らが一人前の社会人として生きていけるようサポートすることこそが必要とされていると思います。
まず住む場所を確保し、仕事に就き、食べていけるだけの収入が得られるようになって初めて、自分の内面を見つめ、将来について考え、信仰について思いを致すことができるようになるのではないかと思います。
実際、僕自身がそうでした。
20代前半でJWを離れた当時、「宗教組織なんてもうたくさんだ。誰とも関わりたくない」と思っていましたし、「何が真理か、何が間違いかを考える余裕もない」という状態でした。
それから10年近く経ち、社会人として自立し、多額の負債も返済し、結婚して精神的な安定が得られるようになってはじめて、改めて自分の内面を見つめ直し、将来について考えるようになりました。
そして、「自分ひとりで信仰生活を歩んでいくのは困難だ。自分の信仰を支えてもらえる教会を自分は必要としている」と考えるようになりました。
第15回 エホバの証人被害者全国集会
ものみの塔=
エホバの証人
第15回 被害者全国集会
日付: 2009年11月21日(土)
場所: 八王子市民会館 3F 第5・6会議室
(八王子市上野町32番地の1 )
http://www.hachiojibunka.or.jp/shimin/top.htm
時間: プログラムは、 午後1:30~午後4:00
プログラム終了後、午後5:00~午後6:30まで、夕食
夕食後、午後6:30以降は希望する人が残っての座談会となります
これまで、エホバの証人問題へ様々な立場の方々が果敢に取り組み、多くの救済の業を成し遂げてこられました。
しかし、依然として証人問題による被害とその犠牲者は後を絶ちません。
時代の移り変わりと証人の態様も変わり、問題解決・救済方法も変化をせまられる今、求められている事は何でしょうか?
カルト問題に対し、心の癒しから法的対処まで多岐に渡るケアをなさってこられた、村上密牧師をお招きして、これからのカルト被害者救済、更にはその予防について共に考えたいと思います。

過去の「被害者全国集会」については、こちらに載っています。
http://members.at.infoseek.co.jp/thinkJW/
過去の記事にも書いていましたが、
http://ameblo.jp/exjw/entry-10307972677.html
「元JWや、JW問題と関わる人たちをサポートするための組織」の立ち上げについて、この全国集会で発表する予定です。
「エホバに歌う」はイケてない! 「エホバよ、わたしたちは感謝します」編
(mixiには数日前にアップしてましたので、もう読んだ人はごめんなさい)
ご好評におこたえして(w
第二弾。
212番の歌。
1番。
旧) エホバよ われら感謝せん
↓
新) 感謝します 父エホバ
旧) なが光 注ぎたもう
↓
新) 道を照らす光を
ちょっと意味が変わってない?w
旧) 祈りもて なれに頼る この特権 感謝せん
↓
新) この祈りの賜物を 感謝します あなたに
「なれに頼る」が欠落。「特権」→「賜物」にかえたのはまだよかったか。
2番。
旧) エホバよ われら感謝せん み子 死に勝ちたまえり
↓
新) 感謝します 父エホバ み子イエスの犠牲を
「イエスの犠牲に感謝する」のは間違ってはいない。
でも、イエスは死に勝利した!という感動は失われた。
旧) われに誓い果たさしむ 導きに感謝せん
↓
新) 誓い 果たす 導きを 感謝します 日ごとに
べつに「感謝せん」でええやん、って気になってくる・・・w
3番・・・消失。涙
旧) エホバよ われら感謝せん まことの友 賜えり
忠実保つを助く なが霊に 感謝せん
4番→3番に。
旧) 感謝せん み名と真理 告ぐるは わが誉れよ
↓
新) 感謝します 父エホバ み名 伝える 誉れを
「真理」が消えた!w
旧) 悪は去り なれの恵み とわならん 感謝せん
↓
新) 永久(とわ)に続く王国を 感謝します エホバよ
あくまでも「王国」を強調したい。
「恵み」という言葉を使いたくない、という意思がひしひしと感じられますw
というわけで、こちらもグダグダになっちゃいました・・・
新しい歌の本はイケてへん!「クリスチャンの献身」編
あえて関西弁のタイトルにしてみましたw
新しい歌の本、「エホバに歌う」。
4番まであった歌詞が3番まで、3番まであった歌詞が2番までというように、中身を削ってる。
そして、従来の文語体をムリヤリ口語体に変えたもんだから、さらに内容が欠落。
その一例をば。
バプテスマといえばこの曲、「クリスチャンの献身」。
従来は13番でしたが、新しい本では7番。
1番。
旧) エホバは宇宙を造りし方
↓
新) エホバは宇宙を造り出した
おいおい、敬称がなくなってもうたやんw
旧) 天地み手の業 神のものよ
↓
新) 天も地も すべて エホバのもの
「み手の業」が欠落。「エホバ」を強調。
旧) 命の源 人に示す 崇拝 神にのみ捧ぐるべきを
↓
新) 賛美と崇拝 受けるべきは 命の源 エホバ神のみ
ここでも「エホバ」を強調。
2番。
旧) イエス 川に来る 義をなすため み旨果たさんと 身を差し出す
↓
新) イエス ヨルダンで 身を差し出す エホバのご意志を 行なうため
「義をなす」が欠落。
またまた「エホバの」ご意志を強調。
旧) 水より上がれり 霊注がれ 忠節に仕えり 聖別されて
↓
新) 聖霊 注がれ 神に仕え 忠節を尽くして 献身 果たす
イエスの神格性をよほど否定したいのかw
3番。
旧) み前に来たれり み名誉めんと
↓
新) 今 わたしたちは み前に立つ
「わたしたち」w
「われら」でええやん。2音無駄。
「み名誉めんと」が欠落。
旧) 我ら己捨て 命捧ぐ
↓
新) 自分の命を ささげるため
「己捨て」が欠落。
旧) 尊きみ子もて 買われたれば
↓
新) 贖い 感謝し 固く誓う
うーん。
「贖い 感謝し」が薄っぺらく聞こえる。
「み子の尊い命をもって買い戻された」概念が欠落。
旧) 死ぬるも生くるも なれのためなり
↓
新) 生きるのも死ぬのも あなたのためと
意味は一緒なんだけど、語感が違う。
むりやり現代語にするから、なんかぐだぐだになってしまうってかんじ?
エホバの証人の輸血拒否に対する、各界の対応
【医学界の対応】
15歳未満 親拒否でも輸血 5学会決定
(読売新聞 2008年2月29日)
宗教上の理由で輸血を拒否する「エホバの証人」の未成年信者への対応について、日本輸血・細胞治療学会など関連5学会の合同委員会(座長・大戸斉福島県立医大教授)は28日、15歳未満の患者に対しては、本人や親が拒否しても生命の危険があれば輸血を行うとする指針を正式に発表した。
患者が信仰や親の意思に反して輸血を受けたことで苦しむ恐れがあるとして、退院後も児童心理の専門家らによるカウンセリングを行うよう医療機関に求めている。
指針によると、15歳未満は輸血するものの、18歳以上では患者本人が、15歳以上18歳未満では患者と親の双方が輸血を拒んだ場合は輸血しないとした。最高裁の判例に基づき、宗教上の輸血拒否を患者の自己決定権として尊重した。
ただ、18~19歳の患者でも、医療について適切な判断ができないと複数の医師が評価した場合には、輸血すると定めた。
http://www.yuketsu.gr.jp/information/2008/080229kaiken.pdf
宗教的輸血拒否に関するガイドラインとフローチャート
http://www.anesth.or.jp/news/000858.html
【行政・司法の対応】
行政 = 児童相談所
司法 = 家庭裁判所
即日審判で父母の親権停止 家裁、息子への治療拒否で
http://www.47news.jp/CN/200903/CN2009031401000512.html
東日本で2008年夏、消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが14日、分かった。
子供の治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。
このように、医療・行政・司法が連携して対応する仕組みができあがっています。
もはや、「大くん事件」の再発はないことでしょう。
大くん事件・・・1985年(昭和60年)6月6日、神奈川県川崎市の久地駅前の路上で、当時10歳だった鈴木大君がダンプに轢かれて両足を骨折。聖マリアンナ医大病院に運ばれた大君は、意識はあったものの失血によるショック症状を呈し始めている状態で、「両下肢開放性骨折・入院60日」という診断を受け手術が行なわれようとしたが、事故を聞いて駆けつけた両親が手術に必要な輸血を拒否。熱心なエホバの証人である両親の承諾を得られぬまま大君は5時間後に失血死。
元JWとの絶縁 (2011年7月19日加筆修正)
最近、いろいろとありました。
この1ヶ月ほどの間に、有名ブロガーさんおふたりから、アメンバーを切られました。
おふたりとも、お会いしたこともあるし、電話でお話したこともある方です。
おひとりの方は、その方のブログで、ある現役JWを批判されていたのに
反論したところ、突然アメンバーを切られました。
もうひとりの方は、その方と直接ではなく、その方のご主人が突然、私に対して誹謗メールを送ってこられ、
それに対する弁明を求めたところ言い合いになってしまい、
結果として奥様からもアメンバーを切られました。
メールをお送りしましたが、無視されたままです。
(2011年7月19日更新)
上記の記事を書いてから、1年半経ちました。
当時、結婚生活が破綻し、精神的にも大変不安定で、教会にもなじめず、孤独感にさいなまれていた私にとって、元JWから救われたおふたりは、とても貴重な友でした。
いくら私がどん底の状態にあったとはいえ、おふたりには多大の精神的負担をかけたことと思います。
このブログをご覧になるかどうか分かりませんが、これまでおふたりが示してくださったクリスチャン愛に今も感謝していることをお伝えすると共に、不快な気持ちにさせてしまったことについてはお詫びしたいと思います。
主イエスの十字架によって罪赦された仲間として、私の過ちをお許しいただければと思います。
そして、共に救われ、主のみもとに導かれた喜びを、これからも共有したいと思っています。
THIS IS IT
観に行ってきました。
http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/
とにかく、感動しました。
「最高のコンサート」を観客に提供しようと、全力でリハーサルに取り組む姿。
でも、リハーサル中の素顔のマイケルは、スタッフひとりひとりに対しても謙虚で、優しい人でした。
彼が皆を愛していたことは、彼の言動の端々から感じられます。
たぐいまれな才能を持ちながらも、尊大さのかけらもない、本当に純粋な人だったんだなと感じました。
エホバの証人2世だった、マイケル・ジャクソン。
http://ameblo.jp/exjw/entry-10307926124.html
きっと、心の中にはいろんな葛藤を抱えていたことでしょう。
でも、彼は自分の才能を最大限に生かして、音楽を通して皆を幸せにしてくれました。
彼は愛にあふれた人でした。
神に罪の許しを要求する!?
友人に教えてもらいました。
詩編25:11。
<新世界訳>
エホバよ,あなたはそのみ名のために,
わたしのとがを許してくださらなければなりません。それは少なからずあるからです。
or your name’s sake, O Jehovah,
You must even forgive my error, for it is considerable.
<文語訳>
わが不義はおおいなり
エホバよ み名のために之をゆるしたまえ
<口語訳>
主よ、み名のために、わたしの罪をおゆるしください。
わたしの罪は大きいのです。
<新改訳>
主よ。御名のために、
私の咎をお赦しください。大きな咎を。
<新共同訳>
主よ、あなたの御名のために、
罪深いわたしをお赦しください。
こうやって並べると、一目瞭然です。
新世界訳だけが、神に許しを要求しているのです。
なんと不遜なことでしょうか。
このような態度で神のもとに近づいて、神から罪の許しを受けられることを期待するほうが間違っています。
新世界訳がいかにひどい翻訳かを如実に表す一例ですね。
本来、この聖句は、
自らの罪深さ、罪の大きさを痛感している詩編作者が、主(エホバ)に対して許しを嘆願しているのです。
エホバの証人が、救いは自分の行いに対する報いであり、獲得するものであると考えているからこそ、このような翻訳をするのでしょう。
彼らは楽園での永遠の命という報いを獲得するために必死になって、来る日も来る日も個別訪問に明け暮れているのです。
しかし、救いは、人間がどんなに努力をしても、どんな代価を払っても、獲得できるものではありません。
あくまでも救いは、神の恵みによるのです。
ですから、まことに残念なことではありますが、エホバの証人は、神からの罪の許しを受けることも、救いにあずかることもできないのです。
(テモテ第二 1:9,10)
<新世界訳>
[神]はわたしたちを救い,聖なる召しをもって召してくださいましたが,それはわたしたちの業によるのではなく,ご自身の目的と過分のご親切とによるのです。これは,キリスト・イエスとの関連のもとに,久しく続いた時代の前からわたしたちに与えられていましたが,
今や,わたしたちの救い主キリスト・イエスの顕現によって明りょうにされたのです。
<文語訳>
神は我らを救い聖なる召しをもて召し給えり。是(これ)われらの行為(おこない)に由るにあらず、神の御旨にて創世の前にキリスト・イエスをもて我らに賜いし恩恵(めぐみ)に由るなり。
この恩恵(めぐみ)は今われらの救主キリスト・イエスの現れ給うに因りて顕れたり。
<口語訳>
神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基づき、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜っていた恵み、
そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。
<新改訳>
神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたのであって、
それが今、私たちの救い主キリスト・イエスの現れによって明らかにされたのです。
<新共同訳>
神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちに与えられ、
今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。
文語訳の時代から「恵み」と訳されているのに、なぜか新世界訳は「過分のご親切」などという不可解な言葉に置き換えています。
エホバの証人の、神の「恵み」に対する認識の欠如の現れでしょうか・・・。
上京
本日、1泊2日で東京へ行きます。
帰りは明日最終の新幹線になる見込み。
帰阪はあさって未明になります。
1Q84 BOOK1 読了
図書館で借りた、「1Q84 BOOK1」を読み終わりました。
改めて感じたのは、「証人会」、つまり「エホバの証人」について具体的かつ詳細に記述されていることです。
これは単なる空想小説というより、「エホバの証人」のカルト性への警鐘という意味も込められているのではないか、とさえ僕には思えます。
(注意! まだ1Q84をお読みになっていない方へ。 以後、ネタバレだらけですw)
中澤啓介牧師の読後評にも載っていますが、
http://jwtc.info/modules/newsletter/index.php?content_id=18
例えば、ものみの塔の聖書解釈と終末論については次のように解説している。
「その女の子の両親は『証人会』という宗教団体の信者だった。キリスト教の分派で、終末論を説き、布教活動を熱心におこない、聖書に書いてあることを字義通りに実行する。たとえば輸血はいっさい認めない。だからもし交通事故で重傷を負ったりしたら、生き延びる可能性はぐっと狭まる。大きな手術を受けるのもまず無理だ。そのかわり世に終末が訪れたときには、神の選民として生き残ることができる。そして至福の世界を千年間にわたって生きることができる。」(一巻、270頁)
あるいは、エホバの証人の子供たちが学校でどのような問題に直面するかをも見事に描いている。
「彼女が『証人会』信者であることはクラスの全員が知っていた。彼女は『教義上の理由』からクリスマスの行事にも参加しなかったし、神社や仏教の寺院を訪れるような遠足や修学旅行にも参加しなかった。運動会にも参加しなかったし、校歌や国歌も歌わなかった。そのような極端としか思えない行動は、クラスの中でますます孤立させていった。」(一巻、272頁)
・・・これらは、僕自身も経験したことです。
輸血拒否というこの団体の最大の問題については、老婦人の口を通してこう語らせる。
「私の正直な意見を述べれば、『証人会』はまともな宗教とは言えません。もしあなたが小さな子供の頃に大きな怪我をしたり、手術を要する病気にかかったりしていたら、そのまま命を落としていたかもしれません。聖書に字義的に反しているからといって、生命維持に必要な手術まで否定するような宗教は、カルト以外の何ものでもありません。それは一線を越えたドグマの乱用です。」(一巻、434-5頁)
さらに著者は、この輸血拒否の教えに対してエホバの証人の子供たちが置かれている位置について、次のような解説を続ける。
「青豆は肯いた。輸血拒否の論理は、『証人会』の子供たちがまず最初に頭にたたき込まれることだ。神の教えに背いた輸血をして地獄に堕ちるよりは、清浄な身体と魂のまま死んで、楽園に行った方が遥かに幸福なのだ。子供たちはそう教えられる。そこには妥協の余地はない。・・・子供たちには批判能力が具わっていない。そのような論理が社会通念的にあるいは科学的に正しいかどうか、知りようもない。子供たちは親から教わったことを、そのまま信じ込むしかない。・・・」(一巻、435頁)
輸血だけではない。ものみの塔が異教的な祭りを拒否していることについても、次のようにふれる。
「聖書の教えにどこまでも忠実な『証人会』の熱心な信者である両親は、あらゆる世俗の祭りを軽蔑し、忌避した。」(二巻、432頁)
さらに小説は、幼いときにものみの塔の信仰を強要される悲劇を明らかにする。
青豆が伝道のために母親に連れられて歩く姿は(一巻、271頁)、もしエホバの証人が読むなら、この描写はそのまま自分の追体験になるはずである。それは、「どれほど深く子供の心を傷つけるものか」(一巻、273頁)と叫ばざるを得ない経験なのである。
青豆が傷として残っている「いじめの(正確には、いじめられた)経験」を、小説は次のように描く。
「そのときに一人の男子が『証人会』の布教活動をしていることで彼女を揶揄した。家から家をまわり、馬鹿げたパンフレットを渡して回っていることで。そして彼女のことを『お方さま』と呼んだ。それはどちらかといえば珍しい出来事だった。というのは、みんなは彼女をいじめたり、からかったりするよりは、むしろ存在しないもの(原文は傍点)として扱い、頭から無視していたからだ。」(一巻、274頁)
「もし両親が『証人会』の信者でなかったとしたら、彼女はごく当たり前の女の子として育ち、みんなに受けいれられていたことだろう。きっと仲の良い友だちもできていたはずだ。でも両親が『証人会』の信者であるというだけで、学校ではまるで透明人間のような扱いを受けている。誰も彼女に話しかけようとしない。彼女を見ようとさえしない。」(一巻、275頁)
エホバの証人の子供たちは、組織(そして親)から「世の友になってはいけない」と教えられ、クラスでは孤立する立場を選ばざるを得ない。それがいじめに発展する。そのときに起こる内面的葛藤は、おそらく経験者でない限り分からない。だが、この小説に知るされている村上の描写は、まるで、二世たちのプログを読んでいるような錯覚に陥らせる。
しかも、この記述は、12章の天吾を扱った記録の中に置かれ、その前後の11章や13章における青豆の行動をもたらす遠因になっているかのような書き振りである。その両章では、青豆とその仲間のあゆみが、度を越えた放縦なセックスをもてあそんでいる。あゆみには、そういう行動に出ざるを得ないような不幸な(レイプの)経験が少女時代にあった。青豆にも、同じではないが、少女時代にいじめの経験があった。それは精神的なレイプと同じなのだ、著者はそう言いたかったように見える。
青豆は、10歳のときに信仰を捨てたにもかかわらず、幼いときから植え付けられたものみの塔の呪縛に縛られ続けている。それは彼女が、とんでもないところで「王国の到来について思いを巡らせ」たり(一巻、236頁)、場違いなところで王国について話たり(例えば一巻、345、353頁)、祈りの言葉を発してしまうことことの中に見られる(二巻、151、156頁)。
「そのあとで、目を閉じて、いつものようにお祈りの文句を唱えた。その文句自体には何の意味もない。意味なんてどうでもいい。お祈りを唱えるということが大事なのだ。」(一巻、66頁)
「躊躇なく、冷静に的確に、王国をその男の頭上に到来させた。彼女はそのあとでお祈りさえ唱えた。祈りの文句は彼女の口からほとんど反射的に出てきた。」(一巻、302頁)
三つ子の魂百まで、とはよく言ったものである。青豆は、幼い頃の宗教的な刷り込みが大人になっても消えないことを、カルト教団の教祖深田との会話の中で確認している。
「あなたは子供の頃、『証人会』の信者だったと聞いている」
「私が選んで信者になったわけではありません。信者になるよう育てられただけです。そこには大きな違いがあります」
「たしかにそこには大きな違いがある「と男は言った。「だが幼い頃に植え付けられたイメージから、人は決して離れることはできない」
「よくも悪くも」と青豆は言った。(二巻、193頁)
青豆は、幼いときに受けた宗教的トラウマから、「家庭内暴力をふるう卑劣な男たちや、偏狭な精神を持った宗教的原理主義者たち」を嫌悪する(一巻、204頁)。彼女が受けたトラウマは、物理的な暴力というより、彼女の精神を呪縛してしまう有言・無言の周囲の圧力だった。
「だから彼女は両親を憎み、両親が属している世界とその思想を深く憎んだ。彼女が求めているのはほかのみんなと同じ普通の生活だった。・・・一刻も早く大人になって両親から離れ、一人で自分の好きなように暮らしたかった。」(一巻、328頁)
「もちろん『証人会』の内部で実際にレイプに巻き込まれるようなことはなかった。少なくとも彼女の身には、性的な種類の脅威は及ばなかった。まわりにいた『兄弟・姉妹』は、みんな穏やかで誠実な人々だった。しかし正しい動機がいつも正しい結果をもたらすとは限らない。そしてレイプというのは、肉体だけがその標的となるわけではない。暴力がいつも目に見えるかたちをとるとは限らないし、傷口が常に血を流すとは限らないのだ。」(一巻、433頁)
「自由意志に基づいて」と言いながら、「・・・するはずです」とか「・・・と考えるはずです」といった記述が、ものみの塔の出版物には度々みられます。まさに詭弁です。
自分の意志で選択しているかのような錯覚を与えながら、考え方や行動の仕方が細かく縛られているのです。
そして最後に、この小説が、ものみの塔は家族関係を破壊してしまうカルトだと述べていることに注目しておこう。カルト教団の教祖を殺害するため青豆を雇った老婦人は、青豆がカルトがらみの傷を負っていることを指摘する。
「あなた自身が少女時代に、カルトがらみの心の傷を負っていることは承知しています。あなたのご両親は熱心な『証人会』の信者だったし、今でもそうです。そしてあなたが信仰を捨てたことを決して赦そうとはしない。そのことが今でもあなたを苦しめている。」(一巻、434頁)
青豆は、自分の家族について振り返ってこう言う。
「青豆には四歳年上の兄がいた。おとなしい兄だった。彼女が決意して家を出たとき、彼は両親の言いつけに従い、信仰をまもって生活していた。今どうしているのだろう。しかし青豆は家族の消息をとくに知りたいとも思わなかった。彼らは青豆にとって、もう終わってしまった人生の部分だった。絆は断ち切られてしまったのだ。十歳より前に起こったことを残らず忘れてしまおうと、彼女は長いあいだ努力を続けてきた。私の人生は実際には十歳から開始したのだ。それより前のことはすべて惨めな夢のようなものに過ぎない。そんな記憶はどこかに捨て去ってしまおう。しかしどれだけ努力をしても、ことあるごとに彼女の心はその惨めな夢の世界に引き戻された。自分が手にしているもののほとんどは、その暗い土壌に根を下ろし、そこから養分を得ているみたいに思えた。どれほど遠いところに行こうと試みても、結局はここに戻ってこなくてはならないのだ、と青豆は思った。」(一巻、485頁)
「十歳の時、私が信仰を捨てると宣言してからは、母親はいっさい口をきいてくれなくなった。必要なことがあれば、メモに書いて渡した。でも口はきかなかった。私はもう彼女の娘ではなくなった。ただの『信仰を捨てたもの』に過ぎなかった。それから私は家を出た。」(一巻、524頁)
「ご存知だとは思いますが、私はわけがあって両親を捨てた人間です。わけがあって、子供の頃に両親に見捨てられた人間です。肉親の情みたいなものとは無縁な道を歩むことを余儀なくされました。・・・」(二巻、24頁)
カルトは、家族の絆より、組織の絆を優先させる。だから、エホバの証人の世界では、脱会した人とは、例え家族であっても口をきくことを許さない。この小説は、青豆の歩んだ道をたどりながら、ものみの塔信仰が家族を引き裂いてしまう様子を実にリアルに描いている。
僕自身、同じ経験をしました・・・。
家族の絆より組織の絆が優先される事態に直面したときの絶望感は、計り知れません・・・。
小説『1Q84』は、ものみの塔・エホバの証人の問題を他にもいろいろな方面から取り上げている。
この小説をひとつのきっかけとして、エホバの証人のカルト性に、ひとりでも多くの人が気づいてくれることを願います。
夕拝
今日も憂鬱だったのですが、頑張って行ってきました。
教会に着いたときは、鬱ですっぽり覆われているかのようでした。
賛美の最中も、手拍子を打つ元気がありませんでした。
でも、賛美をしているうちに、祈りをしているうちに、
メッセージを聞いているうちに、聖霊様の働きを感じました。
礼拝が終わるころには、心が軽くなったような気がしました。
礼拝後、牧師に祈ってもらいました。
仕事のこと、家族のこと、JWのこと・・・
たくさんの重荷がありますが、主がいつも共にいてくださり、支え、導き、祝福してくださいますように。
祈りには、ほんとうに大きな力があります!
あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。
信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。
ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。 (ヤコブ 5:14-16)
真の自由を求めて ― 僕の闘い
最近、いろいろありまして…
改めて思ったこと。
僕がエホバの証人から離れたのは、自由を求めていたからです。
「宗教なんか懲り懲りだ」と思っていた20代、自由を謳歌しましたが、どこか虚しさを感じていました。
急に不安になったり、寂しさに耐えられなくなったりもしました。
クリスチャンになった今、真の自由の意味を改めて考えています。
何が正しい、何が間違いと、いちいち白黒つける必要なんてない。
奉仕しろと強いられることもない。
開拓者なんて肩書きもいらない。奉仕報告なんて出さない。
でも、福音を伝えたいという情熱が、自分を動かすんです。
これこそ、神に喜ばれる捧げ物だと思います。
僕と僕の家族の人生を狂わせた元凶。
聖書を盾に、権威を振るう、偽予言者。統治体。
統治体に対する怒りや憎しみは、まだ僕の心の中にあります。
統治体を操っている悪魔を、僕は憎んでいます。
肉親と本音で話せないのも、僕が大学へ進学する機会を失ったのも、元凶は統治体。
だから、僕はこれからも、統治体の正体を暴くために闘い続けます。
家族を救い出すまで。
でも、エホバの証人組織の中にいる人々を憎んではいません。
彼らは目をくらまされているのです。
捕らわれの身にある彼らに、僕は心から同情します。
いつか目を覚まし、神の恵みのもとに導かれるよう、いつも祈っています。
エホバの証人を裁く必要なんてありません。
彼らは既に、神の裁きのもとにいるのです。
ですから、僕たちはなんとかして、彼らを救うべく、努力しなければいけないと思っています。
時々、現役エホバの証人が僕のブログにペタを残していかれます。
どういった意図で、こんな背教者のブログを読んだ痕跡を残していかれるのか、僕にはよく分かりません。
彼らが、統治体の言いなりではなく、自分で考え、判断し、行動する自由を求めているのなら、僕は歓迎します。
いまだに組織のロボットになっている人は、僕やこのブログを読む人の「目を覚まさせ」、エホバの証人組織の中に戻ってこさせようとしているのかもしれません。
そんな人は、自分たちの、出版物からのコピペだらけのブログを宣伝することに時間を浪費するくらいなら、レイモンド・フランズの「良心の危機」を読んで出直してきてください。
最後に。
元JWで、現役JWを責め立てる人へ。
もっと彼らの実情を思い、彼らを救い出すため、どんな手でも使いましょうよ。
彼らは統治体の言いなりにならず、元JWがなぜエホバの証人を離れようと思ったのか、知りたいと思っています。
彼らの心に、僕たちの言葉がどれほど響くかは分かりません。
でも、すべてのことを主にゆだね、自分にできることをやりましょうよ。
「教団施設でわいせつ」キリスト教団牧師を提訴 元信者の女性4人
聖神中央教会事件を思い出します・・・
まだしもの救いは、大半が脱会しているということでしょうか。
http://
茨城県つくば市に本部を置くキリスト教系宗教法人の代表牧師(61)に教団施設内などで、わいせつな行為を繰り返されたとして、20~30代の元信者の女性4人が牧師と教団などを相手取り、計4620万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていたことが17日、被害関係者への取材で分かった。元信者側は一連の牧師の行為について茨城県警に相談し、刑事告訴も検討している。関係者によると、教団には約300人の信者が在籍していたが、わいせつ疑惑が表面化した昨年以降、大半が脱会したという。
訴状によると、4人は平成12~19年の間、つくば市や東京都新宿区の教団施設の牧師室や茨城県土浦市の牧師の自宅などで、牧師と2人きりになった際、胸や下半身を触られたり、キスや性行為などを強要されたとしている。
教団は弟子養成の一環として、神学校を運営しており、信者の一部は神学生として牧師と共同生活をしていたという。
元信者側は「(牧師は)指導者の霊的権威は絶対不可侵であるなどと欺(ぎ)瞞(まん)的説法を繰り返し、被害女性を抗拒不能にさせた」と主張。被害を受けたという女性は「『君には癒やしが必要だ』といってセクハラをエスカレートさせた。衝撃的すぎて声も出なかった。嫌だと感じるのは自分の信仰が足りないせいだと思ってしまっていた」と話している。
複数の関係者によると、牧師は韓国生まれ。昭和56年に来日し、62年にプロテスタント系の教団の前身組織を立ち上げた。牧師が導入した弟子養成のプログラムは高く評価され、国内の延べ2000の教会が影響を受けたとされる。国内5、国外3カ所に教会を持つほか、出版や物販の関連会社があり、牧師やその親族が役員を務めていた。
牧師側は「一度たりとも性的関係を迫ったことはない。事実無根」とわいせつ疑惑を全面的に否定。今年2月の産経新聞の取材には「カイロプラクティックは互いに練習や実習を行っている。医療としての線を越えていない」「インターナショナルな文化でのあいさつは日常的に行われる環境にあるが、慣れなくて避ける人には無理に要求したことはない」などと回答していた。
表面化しにくい聖職者のわいせつ行為
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/091018/trl0910180133001-n1.htm
牧師など聖職者によるわいせつ行為は少なくない。団体内での権威を悪用し、宗教儀式的な理由を付けて行われる性的暴行は表面化しにくく、被害関係者からは「刑事事件や損害賠償訴訟に至っていない隠れた被害が、まだあるのではないか」と危(き)惧(ぐ)する声が上がっている。 「少女らは神に最も近い存在だった被告に逆らえば地獄に落ちると信じており、従順に行動せざるを得なかった」 京都地裁は平成18年2月、信者の少女7人に対する強姦(ごうかん)罪などで「聖神中央教会」(京都府)の元主管牧師(62)に懲役20年の判決を出した際、こう指摘した。判決は同年3月に確定。牧師と教会は元女性信者らに損害賠償訴訟も起こされ、5830万円の支払いを命じられた。 また、韓国の新興宗教「摂理」をめぐっては、韓国最高裁で4月、女性信者に対する強姦罪などで教祖に懲役10年の刑が確定した。日本国内でも複数の信者が教祖から暴行を受けたとされている。 摂理からの脱会者を支援する渡辺博弁護士は「性的被害の告白はハードルが高い。その上、宗教グループはひとつの社会となっており、自分が属する社会の絶対者を告発することは容易ではない」と語る。 一方で、「カトリック茨木教会」(大阪府)の司祭(74)が今年2月、信徒の女性(43)に教会内で抱きついたり、キスするなどしたとして、強制わいせつの疑いで大阪府警に逮捕された事件では、司祭は「なぐさめるためだった」とわいせつ目的であることを否認。地検は「軽く抱きついて唇に触れる程度の上、被害者が嫌がりながらも教会に2カ月も出入りしている」などとして、嫌疑不十分で不起訴処分とした。 捜査関係者は「この種の事件は、密室内の被害者の証言だけでは立証が困難だったり、わいせつの線引き自体が微妙なケースもある」と指摘している。
1Q84 BOOK2 より
図書館で「1Q84」を予約してました。
「ご予約の本が入荷しました!」というので、喜び勇んで図書館に行ってみたら・・・
BOOK1じゃなくてBOOK2でした・・・(´・ω・`)
やっぱ、BOOK1を読んどかないと、いきなりBOOK2を読み始めても???ですね
さて、「証人会」に関するくだりがありましたのでご紹介。
第4章 (天吾)そんなことは望まない方がいいのかもしれない
彼女は今どこで何をしているのだろう? まだ「証人会」の信者であり続けているのだろうか?
そうでなければいいのだが、と天吾は思った。もちろん信仰するしないは個人の自由だ。天吾がいちいち口を出すべきことではない。しかし天吾の記憶によれば、「証人会」の信者であることを、少女時代の彼女が楽しんでいるようにはどうしても見えなかった。
学生時代に酒類卸店の倉庫でアルバイトをしたことがある。給料は悪くないが、重い荷物を運ぶきつい労働だった。一日の仕事が終わると、頑丈なことが取り柄の天吾でさえ、身体の節々が痛くなったものだ。そこにたまたま「証人会二世」として育った青年が二人働いていた。礼儀正しく、感じの良い連中だった。天吾と同じ年齢で、仕事ぶりも真面目だった。手を抜かず、文句も言わず働く。仕事の終わったあとで一度、三人で居酒屋に行って生ビールを飲んだことがある。二人は幼なじみだったが、数年前に事情があって信仰を捨てたということだった。そして一緒に教団を離れ、現実の世界に足を踏み入れた。しかし天吾が見たところ、二人とも新しい世界に今ひとつ馴染めないでいるようだった。生まれたときから狭く緊密なコミュニティーの中で育ったせいで、より広い世界のルールを理解し、受け入れることがむずかしくなっているのだ。彼らはしばしば判断力に自信をなくし、困惑した。信仰を捨てたことで解放感を味わうのと同時に、自分たちが間違った決断を下したのではないかという懐疑を捨てきれずにいた。
天吾は彼らに同情しないわけにはいかなかった。自我がはっきり確立される前に、まだ小さな子供のうちにその世界を離れれば、一般社会に同化できるチャンスは十分ある。でもそのチャンスを逃してしまうと、あとは「証人会」のコミュニティーの中で、その価値観に従って生きていくしかない。あるいは少なからぬ犠牲を払って、自力で生活習慣や意識を作り変えていくしかない。天吾はその二人と話しているときにその少女のことを思い出した。そして彼女が同じような苦痛を味わっていなければいいのだが、と思った。
エホバの証人二世にとって、とても共感できる文章ではないでしょうか。
僕は、20代前半でエホバの証人から離れ、新社会人とほぼ同じ時期に一般社会へ溶け込んでいったため、それほど抵抗なく「より広い世界のルールを理解し、受け入れる」ことができました。
でも、より年齢が高くなるほど、新しい世界に馴染むことは難しくなっていくんでしょうね。。。
ニューライフ・キリスト教会
河内長野にある教会で、元エホバの証人が多数交わっておられる教会です。
http://www.geocities.jp/jbm_newlife/top.htm
昨日、礼拝に出席してきました。
主任牧師のジャン・ドウゲン先生は、20年ほどにわたってエホバの証人救出に携わってこられました。
午後からは、ドウゲン牧師による「カルト脱出セミナー」がありました。
参考になる情報がいろいろあったのですが、詳しいことは後ほど。。。
“助けて”と言えない ~いま30代に何が~
今夜のNHK クローズアップ現代で、「助けて」と言えない30代について特集されていました。
今年4月、福岡県北九州市の住宅で39歳男性の遺体が発見された。男性は死の数日前から何も食べず、孤独死していたとみられる。しかし、男性は、困窮する自分の生活について、誰にも相談していなかった。いま、こうした命に危険を及ぼしかねない状況に陥っても、助けを求めない30代が増えている。彼らは「家族に迷惑をかけられない」「自分で仕事を見つけ、何とかする」と誰にも相談できずにいる。家族、友人、地域との繋がりを断ち切り、社会から孤立する30代。番組では、厳しい雇用情勢で先行きが見えないなか、静かに広がる「助けて」と言えない30代の実像に迫る。
(NO.2797)
番組内で出てきたのは、
・本来は働き盛りの30代だから、助けを求める=負けを認めることという思い込みから、助けを求められないのではないか
・仕事での挫折などをきっかけに、自分の存在を否定されたように感じ、助けを求めることができなくなっているのではないか
とのことでした。
ところで、(元であれ現役であれ)エホバの証人の皆さんはいかがですか?
「サタンの世の中だから」「どうせ自分を認めてくれる人なんかいないから」と、社会に助けを求めることをあきらめてしまっていませんか?
いつまでも助けに依存しつづける生き方は、もちろん健全とはいえません。
でも、誰だって、傷つき、つまずいたとき、助けを必要とするものです。
会衆の外には、だれも助けてくれる人などいないと、思い込んではいませんか?
そんなことない! と、僕は声を大にして言いたい。
たしかに社会には、利己的な人がたくさんいます。
でも、困った人に助けを差し伸べ、献身的にボランティア活動に従事している人々がたくさんいることも、また事実なのです。
エホバの証人じゃなくても、自己犠牲の愛を示している素晴らしい人たちはたくさんいます。
いえ、むしろ、社会福祉活動に背を向け、自分たちの思い込みに拘泥し「家から家に宣べ伝える」活動に没頭するエホバの証人のほうが、よほど独善的ではないですか?
どうか、「助けて」と言うことを、ためらわないでください。
世の中には、あなたの声を受け止めてくれる人が、必ず存在します。
9月 まとめ
夏風邪をひいてしまい、月半ばまで寝込んでいました。
今はもう、体は大丈夫なのですが、うつが出ています。
やはり、季節の変わり目だからか…
新しい仕事環境にも、なかなか慣れません。
緊張しっぱなしで、帰宅すると、どっと疲れが…
整体に行くと「筋肉がカチコチですよ」と言われます。
そんなこんなで、9月も終わり。
来月も、ぼちぼち頑張りましょう。
クレヨンしんちゃん作者・臼井儀人さん転落死事故
ご遺族のコメント
。
「最後に、私たち家族は将来の希望として、主人と再会できる日を心から楽しみにしております。」
これってエホバの証人関係者なら分かりますよね。復活の希望。
それから、臼井さんが多額の寄付を行っており、自宅の隣に「王国会館」も建っている模様。
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/50912732.html
ともあれ、亡くなられた臼井兄弟に哀悼の意を表したいと存じます。
(追記)
週刊誌に載ってるようですね。
「週刊新潮」の中吊り広告を見たら、
クレヨンしんちゃん作者が没頭していたエホバの証人
と、でかでかと見出しが
「ウツ」が治るとは・・・「自力」から「他力」へ
興味深い記事があったので、ご紹介。
「ウツ」が治るとは、元に戻ることではない―
―新しく生まれ直す“第2の誕生”
http://diamond.jp/series/izumiya/10024/
「自力」の根を取りきれるかが重要なポイント、とあります。
よく「うつ病は自力で治せる!」と息巻いている人がいますが、その人たちは
無理して自力で復帰することが、再発する可能性につながることを理解していないのですね。
早天祈祷会
今朝は久しぶりに早起きできたので、早天に行くことができました。
風邪で寝込んだりして、しばらく休んでいたため、数週間ぶりの教会でした。
共に祈りをささげ、主のみ前に近づき、聖霊に満たされ、祝福のうちに一日を始められるのは、ほんとうに素晴らしいことですね。
Angeさんにお会いしました♪
Angeさんご夫妻とプチオフ会してきました(^-^)
おふたりとも母と同郷ということもあり、なんだかとても親近感を感じました。
とても楽しかったです!
マイケル・ジャクソンの賛美
Daisaku さんのブログより。
http://ameblo.jp/y-daisaku/entry-10324868581.html
マイケルがこのゴスペルをいつごろ歌ったのか、興味深いところです。。。
中核派/右翼の街宣車
テレビ朝日の「ドキュメンタリ宣言」という番組を見ています。
中核派に加わる若者って、今でもいるんですね・・・
中核派の元幹部が、「中核派上層部が目指しているのは、もはや革命ではない。組織の維持だ」と言っていたのが印象的でした・・・
そして、右翼の街宣車・・・
「スタイルを変えれば大衆迎合になってしまう」・・・
本人も言ってたけど、大音量で威圧して、「独善的」ですよね。
声も、心も静かに、天皇陛下を敬うことはできないのでしょうか。
右翼・左翼に加わる若者たちも、カルトに引き寄せられる若者たちも、同じような気がします・・・
社会に対する閉塞感、自分の居場所が見つからない疎外感・・・
ナガサキ
8月6日と共に、忘れられるべきでない日。
8月9日。長崎に原爆が投下されました。
慰霊の祈り。そして、平和を祈念する、たくさんの祈りがささげられています。
あまり政治の話をするつもりはないのですが、
今年の衆議院選挙で特に注目される選挙区のひとつが、長崎2区です。
二年前の参議院選挙告示直前に、「(原爆投下は)しょうがない」発言をした、久間章生・元防衛大臣が再選を果たせるのか。
民主党から刺客として送り込まれた、薬害肝炎訴訟の原告団長、福田衣里子さんが勝つか。
行方が気になります。
久方ぶりにビリヤード
ひとつんに二連勝(^-^)v
夕拝
先週は地域大会のせいで礼拝を休んじゃいましたが、今週は夕拝&聖餐式に出席しました!
ほんとは、午前中に集会へ行くつもりだったんですけど、寝過ごしまして・・・(^^;
じつは前日に、mixiである方からメッセージをいただき、
エホバの証人と研究していたが教理に疑問を感じている。
近所の教会に行ってみたが、聖書からの学びを受けられなかった。
とのことだったので、さっそく夕拝にお誘いしてみました。
教会のフランクな雰囲気に好感を持っていただけた印象で、うれしかったです。
僕の持っている、ウイリアム・ウッド牧師のJW関連書籍も数冊お貸ししましたので、
これからJWの教えと聖書の教えの違いを整理していかれる一助になればと思っています。
さて、今日から4日間、バイトなのですが北陸へ出張作業に行ってまいります。
さっそく次回のオフを企画中・・・
昨日オフ会をやったばかりなのですが、次回の構想を練っております。
・日付: 10/10(土) 三連休の初日
・場所: 大阪(難波)
ご要望など、ぜひお知らせください。
解散!
さきほどオフ会の二次会を終えて解散しました。
今回集まってくださった皆さん、ほんとうにありがとうございました。
多々不手際がありましたこと、お詫びします。m(_ _)m
次回は、もっと楽しんでいただける会にしたいと思っていますので、もしご都合が合えば、ぜひご参加ください。
「母なる組織」
エホバの証人は、自分たちの組織を母にたとえます。
エホバが父で、組織が母。
僕にとっては、ヘドが出そうな言葉です…。
無条件に子供を愛するのが、母の愛でしょう?
あんな冷酷で非情な組織を母だなんて、とても思えません。
僕は小さいころから、愛に飢えていました。
「自分は愛ある組織におり、両親も僕を愛してくれているはずなのに、なんでこんな気持ちになるんだろう」と、何度も思っていました。
最近になってようやく、悟りました…
僕は子供なのに、親を理解し、親を認め、親を愛することを要求されていたんです。
組織にしても同じこと。
組織が僕を受け止め、理解し、愛してくれることなんて、ありませんでした。
組織の一員として、組織を理解し、組織の一部となるよう努力することを求めつづけられてきたんです。
自分の必要は全く顧みられず、自分を消耗していく日々…。
その積み重ねが、二十歳のときに鬱になって寝込んでしまうという形で表れたんだと思います。
いまさら自己憐憫に浸るつもりはありません。
いまや僕は一社会人であり、妻を支え、養う責任を負っています。
でも、過去を冷静にみつめることは、これから前へ向かって足を進めるために必要な作業だと思います。
僕は「条件つきの愛」しか受けてこなかった。
そして、その元凶は、エホバの証人組織。
この事実は、永遠に変わりません。
おはようございます
昨夜はカプセルホテルで泊まりました。
おっさんのいびきがうるさかったけど、マイスリー2錠のおかげでよく眠れました。
でも、カプセルホテルは携帯の充電ができひんし不便。
やっぱビジネスホテルで、ネットの使えるところがいちばんですね。
さて、今日もお仕事です。
明日以降はお休み、というか就職活動。
次回のお仕事は来週、富山に行きます。
おしごと
短期の仕事を紹介してもらいまして、就職するまでのつなぎにいいかと請けたのはいいのですが…
超ハードでした(>_<)
おかげで、この時間でもう眠くてしょうがありません。
おやすみなさい
…
地域大会一日目
行ってきました。大阪ドーム。
さんまのテレホンショッキングを見ていたかったんやけど、途中でテレビを消して、午後のプログラムだけ聞きましたw
8年ぶりの大会でしたが、そんなに違和感は感じませんでした。
人が多すぎて、人混みにまぎれられるのがいいのかも。
十数年ぶりに見かけた、地元の兄弟たちの老けっぷりに、歳月を感じました…。
プログラムは、やたら「クリスチャンとして」と言うところ(JWに「クリスチャン」を名乗ってほしくないわい!www)や、相変わらず「邪悪な世」を連呼するところに辟易しました…。
インタビューに登場した若者は相変わらず、高校卒業→正規開拓のパターン。
やはり大学教育を暗に否定する流れは感じました。
午後の最初のプログラムでは、「過去に年代に関する誤った期待があったのはなぜか」を取り上げていました。
「ずっと見張っているからだ」とかいう、とんちんかんな回答でしたが、その誤った期待のために人生を狂わされた人々についての言及はなし。
あとは…新しい歌の本の発表がありました。
来年から使うそうな。
現行の歌の本より90曲も減り、135曲になるらしいです。
相変わらず突っ込みどころ満載でしたが、自分に当てはめなければいけないというプレッシャーを感じず、客観的に話を聞けたからか、気分的には意外と楽でした。
現役じゃなくなると、こんなに気持ちが軽くなるんやと、我ながらびっくりw
なにより、愛する弟や親戚に会えたのが、嬉しかったです。
でも、霊的には励まされませんwww
これから、元JWの方々にお会いすべく、教会に行ってきます(^-^)
晴れるや先生のお見舞いに行ってきました
昨日、ホープチャペルなんばのニック牧師および仲間の兄弟姉妹と共に、
「晴れるや先生」こと、ホープチャペル八尾の高内牧師のお見舞いに行ってきました。
晴れるや先生のブログ
http://ameblo.jp/jesusno1/
ホープチャペル八尾
http://hopechapelyao.web.fc2.com/
教会の掲示板に経過が載っていますが、先生は肝臓の摘出手術をされました。
順調に回復しておられ、今週中にも退院できる見込みとのことです。
一緒に賛美を歌い、祈りの時を持ちました。
見舞いに行ったわたしたちも、ほんとうに励まされました!
ブロガーさんにお会いしてきました♪
ブログは最近初められたそうですが、洗礼を受けて20年以上になられる、信仰の先輩です
奥様が元JWとのこと、びっくりしました!
信仰の仲間の輪がこうして広がっていくことは、本当に嬉しいです
主に感謝です☆
東京オフ
今日は、としきさん主催のオフがあるんですよね。
行きたかったなぁ~。
休職→退職など、予定外の出来事が重なり、行けなくなりました。(つд`)
オフ参加者の皆様、楽しんできてくださいね☆
mixi にコミュ作りました
エホバの証人からクリスチャンへ
http://
ぜひご参加ください

おすすめの本!「境界線(バウンダリーズ)-聖書が語る人間関係の大原則」
- 境界線(バウンダリーズ)―聖書が語る人間関係の大原則/ヘンリー・クラウド
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まだ3分の1くらいしか読んでいませんでしたが、目からうろこの連続でした!
エホバの証人が、教理においても組織においても、いかに非聖書的であることが、本書を読むとよく分かります。
(もちろんこれは、エホバの証人だけでなく、他のキリスト教系カルトにも共通して言えることなのですが・・・)
なぜ、エホバの証人に多くの精神疾患が見られるのかも明確になります。
つまり、エホバの証人は「境界線」を壊しているのです。
そのために、エホバの証人の多くが苦しみ、悩み、傷ついているのです。
特に2世は、「境界線」を持たずに育ってきたため、「生きづらさ」を抱えています。
人間関係における諸問題を解決する上で、「境界線」を持つことの大切さが、本書を読むとよく分かります。
推薦文から引用します。
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バウンダリーというのは、自分の責任と他人の責任の領域の境界線のことなのですが、・・・(中略)・・・この境界線の曖昧さは、日本社会の根底にある日本人特有の傾向であり、それだけ問題の根っこは深いのです。
日本におけるカウンセリングも含めたこれまでのアプローチを考えてみるときに、互いの責任を明確にするよりは、むしろ曖昧にするような対処の仕方であったと思われます。曖昧にすると、どちらか一方に我慢を強いるようになり、解決するどころか、表向きは平穏でも関係的には身動きできなくなるような、八方塞がりの状況に追い込まれてしまうのです。
しかし、バウンダリーの概念を用いたアプローチは、この根底の問題にメスを入れながら対処することが可能なのです。
方法としては、まずバウンダリーの有効な手段である「ノー」と言う選択肢を明確にします。人と人との間の曖昧さから生じる問題に対しては、「ノー」を言わずして根本的な解決はあり得ません。また、「ノー」という選択肢は、単に「ノー」と言うための「ノー」ではなく、心から「イエス」と言うためでもあることを強調します。
さらにバウンダリーは、自分を取り巻く人間関係がどんなに八方塞がりのようであっても、有効な解決手段を提供します。例えば他人の態度や行動が原因で生じた怒りや不安等の感情も、他人のせいにするのではなく、つまり、相手を変えることではなく、自分を変えることで解決しようとするのです。
このようなアプローチこそ、片方だけではなく、共に成長できる人間関係の構築が可能となります。
その秘訣は、本書が「真理」と「愛」という本来相容れないような二つの概念を統合しているからです。
真理だけを土台とする関係は傷つきやすく、それだけもろくもなりますが、「愛を伴った真理」を土台とした関係は、互いの責任の領域を尊重しつつ形成することができます。
そしてこれは、バウンダリーを確立すること無しには不可能なのです。
----------
第1章は、「バウンダリー(境界線)を持たない人のある一日」です。
ここで指摘されているのは、
1,より一生懸命頑張っても解決にはなりません。
2.恐れから親切にしても解決にはなりません。
3.他人のために責任を取ってあげても解決にはなりません。
実を結ばぬ努力、恐れに満ちた親切、過剰な責任感が指し示す問題の中核は、「人生を自分のものとすることに深刻な困難を覚えている」ということです。
エデンの園で、神はアダムとエバに「所有権」について語られました。「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ」(創世記1:28)。
神の似姿に造られた私たちは、一定の任務において責任を持つように造られました。責任(または所有権)を持つことには、何が自分の仕事であり、何がそうでないかを知ることが含まれます。
自分に課せられた義務ではないことを次々と負ってしまう働き人は、いずれ燃え尽きてしまうでしょう。自分がするべきこととそうでないことを見分けるには知恵が必要です。私たちは一人で何もかもすることはできないのです。
私たちの生活における責任と所有権の混乱は、「境界線」の問題です。家を所有している人なら誰でも自分たちの土地のまわりに物理的な境界線を引くように、私たちは、精神的、身体的、感情的、霊的な境界線を自分たちの人生に引く必要があります。それは、どこまでが自分の責任であり、どこからは違うのかを区別できるようになるためです。
適切な境界線を、適切な時に、線を引くべき人との間に引けないでいると、大きな害をもたらすことになるのです。
そして、これこそ今日のクリスチャンたちが直面している最も深刻な問題の一つです。大勢の誠実で献身的な信者たちが、どうすれば聖書的にふさわしい限度を設けることができるのか、大きな混乱の中で葛藤しているのです。そして、境界線が引けていないのだと指摘されると、彼らは次のような質問をします。これらはとても良い質問です。
1 限度を設けつつ、なおも愛にあふれた人でいることはできるだろうか
2 適切な境界線とはどういうものか
3 もし誰かが私の境界線のせいで怒ったり傷ついた場合にはどうしたらいいか
4 私の時間や愛、エネルギー、お金を求めてくる人たちに対しては何と答えたらいいか
5 境界線を引こうと思うとき、罪悪感や恐れを覚えるのはなぜか
6 境界線と従順はどのような関係にあるのか
7 境界線は自己中心的ではないのか
今まで、これらの問題に対して聖書が示す答えが誤って伝えられてきたため、境界線について多くの間違いが教えられてきました。
それだけでなく、鬱、不安障害、摂食障害、依存症、衝動障害、罪責感、恥、パニック障害、結婚や人間関係における葛藤など、臨床心理学的な多くの症状は、その根底に境界線の問題があります。
本書では境界線について聖書的な見解を提示します。
・境界線とは何か、
・それによって何が守られるのか、
・境界線はどのように形作られ、どのように損なわれ、どのように修復されるのか、
そして
・どのように境界線を用いたらいいのか、
などです。
本書は前述の疑問に答えるだけでなく、さらに多くの示唆を与えることでしょう。
私たちの目標は、皆さんが聖書的な境界線を適切に用いることによって、神が、ご自身の子供である皆さんに望んでおられる目的や人間関係に到達できるよう手助けをすることです。
境界線は、神のご性質のなかで、神が造られた世界で、また神の民の間で機能しており、そこに深い聖書的な本質が見られます。皆さんがこの境界線の聖書的な本質を知るようになること、それが本書のねらいです。
7/1
早いもので、2009年も半分が過ぎてしまいました・・・
この半年、いろんなことがありました。
つらいこと、しんどいこともたくさんありました。
でも、希望も見えてきました・・・。
JWを離れてから十年余り。
洗礼を受け、クリスチャンとしての歩みを始めました。
JWのことを完全に整理できたわけではありませんし、
迷うこともたくさんあります。
特に、今もJWにとどまっている母や弟、親戚を思うと、
やるせない気持ちもあります・・・。
でも、自分がこの十年余りにわたって抱いてきた疑問や悩みに対して、
神は答えを与えてくださったと思っています。
神から、歩むべき道を指し示していただいたと思っています。
今はその道を、ゆっくり、でも確実に歩んでいきたいと思っています。
仕事については、この1年、ずっと悩んできました。
去年後半からの大不況。
ここまで雇用状況が悪化するとは、想像していませんでした。。。
そんな状況で転職活動をすることに、大きな不安があります。
いつになったら仕事が決まるんだろう・・・
こたえがいつ与えられるのか、分かりません。
でも、しかるべき時になすべき仕事が与えられると信じていこうと思っています。
妻のうつも、一進一退というかんじです。
確実に回復には向かっていると思うのですが、やはり寝込むこともあります。
義父母の理解・協力が得られないことが、大きな障害になっているように思えます。
まだまだ乗り越えていかなければいけない課題がたくさんあります・・・
さて、今日からまた頑張ろう!!o(^-^)o
宇治 JW研究会
宇治バプテスト教会のJW研究会に行ってきました。
今回は、はるばる岐阜県から元2世の兄弟が来てくださり、経験を語ってくださいました。
彼はてんかんを患っており、会衆内でもいじめに遭っていたそうです。
母から度々ムチを受けたのに加え、父からも虐待を受けていたそうです。
そんな彼が、今は病気と闘いながら、介護や保育士の仕事をされています。
JWを辞めた今も、会衆の人間からの嫌がらせは続いているそうです…
彼の経験については、詳細を改めてアップしたいと思います。
エホバの証人と、体罰としての「懲らしめのむち」
エホバの証人の組織内で、子供に対する「むち」が指導されていたことは事実です。
これは、特定の会衆だけのローカルルールなどではありません。
組織的に指導がなされていたのです。
たとえば、1981年1月号の王国宣教2ページ。
地域大会三日目午後のシンポジウムの復習として、こんな場面が載っています。
場面3:?王国会館に遊び道具を持って行くことを許されなかった子供がかんしゃくを起こす。考慮された聖句:?申命?21:18(わがままな態度は反抗へと進み,重大な結果になりかねない)。申命?31:12(小さな子供たちでも,集会で聴いて学ぶべき)。箴?22:15;?23:13,14(罰として身体的なむちが必要な理由)。
基本的な方法は,子供と推論しつつ,悪い道を歩むことの望ましくない結果を示し,聖書の原則を用いて物事を正すこと。必要な時と場合に,懲らしめのむちが当てられる。目標は,エホバに愛され,そのみ名に誉れをもたらすクリスチャンを育てることであり,このことを思いに留めなさい。
このように、はっきりと「罰として身体的なむちが必要」と明記されています。
もっと古い資料もあります。
「昼寝するぶた」というサイトより、
なぜ2世はムチなんだ?中編
http://
↑
「御国奉仕」1964年5月1日号のスキャン画像が載っています。
なぜ2世はムチなんだ?後編
http://
↑
多数の出版物に、むちについて言及されているのが分かります。
ちなみに、これは私の記憶ですが・・・
私が小学生だったころ、巡回訪問の時に巡回監督が「懲らしめのムチ」を強調していたのをはっきり覚えています。
そのとき、巡回監督が引用したのは、箴言20:30でした。
「打ち傷は悪を擦り落とし,むち打ちは腹の一番奥をも[洗い落とす]。」
それ以降、子供たちにとって悪夢の日々がやって来ました・・・
当時、うちでムチとして使われていたのは、竹の細い根っこや、コンセントのコードでした。。。
こうして、体罰が強調されていた結果、子供が虐待死するという悲劇まで生じました。
「エホバの証人「せっかん死」事件を考える
http://
1993年11月に起こった事件について、「赤旗」に載った記事です。
この事件と前後して、体罰としての「むち」はあまり強調されなくなっていったように思われます。
しかし、この30年ほどの間に、「むち」を受けてきたエホバの証人2世はどれほどいることでしょう。
中には、思春期を過ぎてからも、18歳になってもまだ「むち」を受けた経験を持つ2世もいます。
子供の自由意志に基づく判断を尊重せず、まるで家畜のように「むち」によって盲従させるやり方は、
エホバの証人の組織の本質をよく表しています。
「各個人がクリスチャンとして健全な判断力を養う」ことよりも、「規則によって信者を縛り付け、組織の規律を守らせる」ことに主眼が置かれています。
母に電話してみました
3ヶ月ぶりに。
そしたら・・・
去年結婚した弟から、電話がかかってきました。
母が弟に「わたしからは電話できないから、用件聞いて」と言ったらしい。
親子で伝言ゲームですか・・・・・・はぁ。
とりあえず、元気でいること、転職活動中であることを伝えました。
ちなみに弟の奥さん、妊娠6ヶ月だそうです。
会えないし、声も聞けないのが寂しいし、つらいけど・・・
僕は、母のことを、そして末っ子の弟のことを、いつも気遣っています。
教会もいろいろ・・・
おとついの夕拝の帰り、ひとりの若者に会いました。
彼の両親はクリスチャンで、彼も早くに洗礼を受けたようです。
その後、彼はある教会に入ります。
その教会はライブハウスで礼拝を行っていて、大勢の若者を集めていたようです。
聖餐式に「何を飲み食いしてもかまわないですよ!」などと言ったり、
先に洗礼を受けた信者が、自分の勧誘してきた信者に洗礼を施したり、
「リーダー」となって、さらに信者獲得に努めるなど、
かなり「世俗的な」教会だったようです。
彼は1年ほどその教会に所属していたようですが、次第に「これはおかしい」と
気づくようになりました。
そして、自分のグループのメンバーにもそのことを話したようです。
すると、教会の牧師は「私の教会のメンバーに何も話すな」と言ったそうです。
牧師が教会を私物化していたことは明らかです。
「エホバの証人」のように、キリスト教会から「異端」とみなされているものはともかく、
キリストを信じ、聖書を信じると唱えながら、「人間の教え」を混ぜる、そんな教会が
特に若い人々の心を惑わしているわけで、非常に憂慮すべきことです。
「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。
寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。
というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを
言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために
寄せ集め、真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。」
(テモテⅡ 4:2-4)
ブログ紹介: カルト救出・相談所(駆け込み場)
倉敷めぐみキリスト教会( http://kmcc.sakura.ne.jp/
)の高山正治牧師が、ブログを開設されました。
高山先生は長年、エホバの証人や統一教会などのカルト対策に取り組んでおられます。
カルト救出・相談所(駆け込み場)
http://blogs.yahoo.co.jp/takatada0327
携帯からは
http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/mytop?bid=takatada0327
JW研究会@宇治→聖書研究会@京都NLC
宇治バプテスト教会で毎月開かれている「JW研究会」に、初めて参加しました。
来月、洗礼を受けることを伝えると、牧師夫人も草刈牧師もとても喜んでくださいました。
宇治から松井山手に移動。
京都ニューライフキリスト教会の聖書研究会に、久しぶりに参加しました。
今回学んだのは、エフェソス4:1-16。
「教会」について。
「一致」と「統一」の違いが興味深かったです。
カルトは「統一」させようとする。強制して皆を同じようにさせる。
強制力が解かれると、抑圧されていた不満や敵意が噴出する。
ちょうど、フセイン圧政から解放されたイラクで、内線が頻発しているように・・・。
「一致」は、違いはあっても互いを理解し、同じ目的を共有していること。
クリスチャンは、教派の違いはあれ、同じ神を崇め、同じ聖霊を受けている点を共有している。
JW時代・・・
1983年の地域大会の主題は「王国の一致」だったが、
JWの「一致」の実態は、「統一」だったと、今になって実感します。
統治体による画一化された聖書解釈、そして規則の数々。
そこに、「違いはあってもお互いを理解する」寛容さはありません。狭量。
表面的には同じように集い、奉仕していても、ほんとうに「同じ目的を共有している」といえるでしょうか?
自分が滅ぼされないため?自分が楽園に行きたいから?
強迫観念や利己的な動機では、喜びなど得られようはずもありません。
自己犠牲を払っても報われず、利他的であろうとしても、そもそも「神権的活動」に追い立てられ、心の余裕がありません。
燃え尽きてしまい、心を病んでゆくのも無理はないことでしょう。
では、元JWはどうでしょうか?
今のイラクのように、抑圧されていた時代の反動で、憎しみや敵意で心が満たされているとすれば、それは残念なことだと思います・・・。
本来の聖書が教えている、真の神からの愛と恵みを知り、真の信仰をもって歩む喜びをぜひ経験してほしいと願ってやみません。
替え歌
Gメンさんが替え歌を書いていたので、
http://ameblo.jp/greekman/entry-10263942509.html
僕も触発されて書いてみました。(^^ゞ
じつはこれ、ずっと昔、元JWのオフ会のカラオケで歌ったやつですw
そのときは即興で思いつきを歌ったのですが、改めて書き出してみました。
福山雅治 IT’S ONLY LOVE の替え歌・・・・・・にしては、あまり歌詞が変わってません(^^;
ほとんどパクりで、ほんとうにすみません m(_ _)m
エホ証には もどらない
僕は僕のものになって
好きな夢を見てる
週末は奉仕じゃなく
気ままな時間(トキ)感じてる
きっと自由なんだ
なぜだろう 胸の痛み
エホに背を向け 世に来たのか
エホだけは 忘れたはずさ
君のこと 忘れたいよ
どうしてさ またひとつ
エホの思い出 忘れて
あふれる涙は IT’S ONLY LOVE
大会で撮った写真
僕が無邪気に笑って
好きな姉妹を見てた
ハルマゲドン 信じてた
永遠の命 信じてた
きっと幸せだった
まちがいさ 揺れる信仰
何を求めて 世に出たのか
エホだけは 忘れたはずさ
あの頃を 忘れたいよ
どうしてさ またひとつ
波が思い出さらって
あふれる涙は IT’S ONLY LOVE
止まらない 震える心
真理探して 僕はひとり
今はひとりで・・・
エホだけは 忘れたはずさ
君のこと 忘れたいよ
エホだけは 忘れたはずさ
あの頃を 忘れたいよ
どうしてさ またひとつ
波が思い出さらって
あふれる涙は IT’S ONLY LOVE
うーん・・・ いまだにマイコン解けてないってかんじ?w
というか、ひねりが足りなくて、ほんまにすんません m(_ _)m m(_ _)m
それにしても、JW辞めるのって、失恋と似てません?
今までずっと愛し、大切にし、守ってきたものと別れるつらさ、寂しさ・・・
それを乗り越えて、新しい人生をスタートさせるわけですよね!
スペイン・ベテル閉鎖
チビドナさんのブログより。
http://blogs.yahoo.co.jp/suavewiz/28011025.html
日本でも今後、同様のことが起こるかもしれません。
そうなると、海老名ベテルの印刷部門などで働いている奉仕者たちは、地元の会衆に戻ることになるでしょう。
では、日本の各会衆向けの出版物は?
韓国などの第三国に印刷機を輸出して、それを使って生産するか、それとも・・・?
いずれにせよ、元記事にあるとおり、
「ものみの塔協会が、個々のべテル奉仕者達にとっての最良の日々を、協会の私利私欲のために搾取し、彼らが老齢になり使い物にならなくなれば何のサポートもなしにべテルの外の世界に放り出すような真似は出来なくなる」
ことが、ぜひ実現してほしいものです。
ばうちんさんのブログ
いつのまにか、アドレスが変わってたんですね・・・
ばうちんのゆっくり日記
http://blog.livedoor.jp/gurugurubautin1234/
「ものみの塔の源流を訪ねて」再版
http://buta.exjw2.org/books3.htm
絶版になっていましたが、再版されることになりました。
6/1発売です。
本書は、ものみの塔の歴史を調べたい人のために書かれている。
ものみの塔の創設者ラッセルは、その信仰をいつ誰からどのように学んだのか、
そしてさらにラッセルは、神がお立てになった「忠実で思慮深い奴隷」だったのか、
ものみの塔の信仰の真偽性を徹底的に論じた本である。
価格:本体1,890円(税込)
からし種出版(株)
ISBN: 978-4-9903610-1-3
いたんだ葦の会 (5/11)
6時すぎに新宿へ到着。
少し休憩してから、所沢へ向かいます。
■いたんだ葦の会(カルト脱会者の集い)
2009年5月11日(月)10時半―17時
「なぜ、教会に行くべきか/パート4」
会場:カルト研究リハビリセンター
359-1145 所沢市山口2546-7
TEL: 04-2921-2235
真理のみことば伝道協会
http://www.jesuscom.org/helpcult/index.php
どんたく
・・・は、ほとんど見てません(^^;
でも、あちこちにステージができていて歌や踊りをやっていたり、
パレードに参加してらっしゃったらしき集団が歩いていくのを見ました。
で、僕は、ちょーむす(*)の若いマイミクさんと、天神を散策。
(*ちょーむす・・・長老の息子もしくは娘の略。JW2世用語w)
ラーメンを食べて、
お茶して、
三越の地下でおみやげの「鶴の子」と「通り門」を買って、
いろいろ話をしました。
楽しかったです(*^o^)/
晩9時のバスに乗って、大阪に帰ります。
明日は明日で、難波でブロガーさんの集まりがあるのです!
インターネット一時不通
ただいま、ハワイ時間で20日の22時です。
ホテル内のインターネットが使えなくなってました・・・
けさ、ようやく復旧。
なので、コメントの返事もまだできてません。ごめんなさい。
今日はパールハーバーのほうに観光に行ってきました。
さて、昨日行ったホノルルキリスト教会 。
じつはワイキキからけっこう離れてまして、行きは迷ってしまって1時間半もかかったんです。(^^;
帰りは教会員の方に、車に乗せていただいて10分ほどで戻ってきたのですが。
最初から、迎えに来てもらえないか頼んでみるべきだった・・・と後悔した次第です。
僕の地元の教会と同じホーリネス系だったから、その点はよかったのですが。
あとでワイキキビーチで泳いでるときにふと思ったのですが・・・
カラカウア通りに面していて、ワイキキ・ビーチ・マリオットのすぐ隣に建っているカトリック教会(セント・オーガスティン教会)のほうが近いやん!
(※調べてみて分かったのですが、礼拝などの行事は信者以外参加できないそうです)
http://grandpa.blog.so-net.ne.jp/2009-03-06
誕生日&礼拝
ハワイ時間では今、19日のお昼前です。
今日で32歳になりました。
今日は朝から、ホノルル・キリスト教会の日本語礼拝に行ってきました。
フラでの賛美があるなど、ハワイらしい礼拝でした。
学び(第一回)
僕の固い頭は、まだまだJWの教理でガチガチに固まってます。
なので、日曜礼拝の説教を聞いても、なかなかストンと心の中に入ってこないというか、ついJWの講演と比較しちゃったりするんですね。
(自分がなまじ公開講演とかしていたばっかりに、余計ですわ…)
そこで、ウィリアム・ウッド先生の「エホバの証人への伝道とフォローアップ」を用いて、個人的聖書研究会をしていただこうと思いました。
宇治バプテスト教会の牧師夫人にお願いしたところ、快諾いただけました。
~
今日は第一回、「神とはどんなお方か」を学びました。
【学んだ内容】
まず、使徒17:16-31を読みました。
パウロがアレオパゴスで証言した、有名な場面です。
-----
アテネの人々にとっての「神」は、手でこしらえたものでした。宮という一定の場所に住み、不自由であるため、人の手によって仕えられる必要がありました。人間の技術や工夫によって造られた像のようなものでした。
ちなみにエホバの証人の信じる神は、「偏在性のない」神です。
しかし聖書の神は、時間と空間を超えて、全宇宙にあまねく存在される神です。
エレミヤ23:23,24
「わたしは近くでは神であって、遠くでは神ではないのか」と、エホバはお告げになる。
「あるいは、人は隠れ場所に身を隠して、わたしがこれを見ないようにすることができるのか」と、エホバはお告げになる。
「わたしは天と地に実際に満ちているのではないか」と、エホバはお告げになる。
列王記第一8:27
「それにしても、神は本当に地の上に住まわれるでしょうか。ご覧ください、天も、いや、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの家など、なおさらのことです!」
(上の2つの聖句はいずれも新世界訳です)
-----
アテネの人々は、神の存在に対する確信がなく、むしろ心の中で宗教的な不安を覚えていました。
そのことは、「知られない神に」と刻まれた祭壇によって証明されています。
多くの人々は、目に見えない神に対して確信がないために、目に見えるものを造ります。それによって、自分は神のために奉仕しているのだからきっと神に認められるはずだ、と心を慰めようとします。人に仕えてもらわなければならないほどに、あるいは人間に理解できるほどに、神を小さな存在とし、その必要を満たしてあげていることを有利な交渉条件として、神に御利益を要求します。
エホバの証人の教理にも、似たようなものがあります。彼らは目に見える組織を強調し、その組織が神にとって不可欠な存在であるかのように教えます。神は、組織を抜きにしては何もできないといいます。また、組織に仕える者は神のご意志を行っているので、必ず地上の楽園に入れてもらえるはずだと主張します。結局JWは、神との個人的な関係を培うよりも目に見える組織に頼ってしまっているわけで、アテネの人々に負けないくらいの偶像崇拝者といえます(^^;
-----
使徒17:27,28にあるとおり、神は、愛の交わりのために人間を造られました。
これは、神を求めさせるためであって、もし探り求めることでもあるなら、神を見いだすこともあるのです。
確かに、神は、私たちひとりひとりから遠く離れてはおられません。
私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。あなたがたのある詩人たちも、『私たちもまたその子孫である』と言ったとおりです。
神のご計画は、人間がご自分と共に歩み、その親密な交わりの中で幸せになり、力を得、神の栄光を現す者となることでした。
-----
神の愛を知らない者は、本当の意味で自分を愛することも他人を愛することもできません。人生の中で、真の幸福を見いだすこともあり得ません。
それに対して、神の愛を体験している者は、心が平安になります。神が共におられることを確信して、大胆に勝利ある人生を歩むことができます。また、自分をありのままで受け入れるように、人を受け入れることができます。
エホバの証人は、とかく神の愛を条件付きのものとしてとらえることが多いです。つまり、自分が神の愛にふさわしい者にならなければならないと考えます。
しかし、聖書は、神の愛が罪人に注がれることを明示しています。
ローマ5:5-8
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
私たちがまだ弱かったとき、キリストは定めらた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。
正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
-----
神が私たちのために計画してくださっている人生とは、神と共に歩む人生、祝福に満ち、喜びにあふれる人生です。
エレミヤ19:11-13
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。 ―主の御告げ― それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。
もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。
【感想】
「神に受け入れられる人間になろうと努力する必要はない。
ありのままで神の胸に飛び込んでいけばよいのである。
そうして神の愛に触れた結果、愛の人に生まれ変わることができる。
自分をありのままで受け入れるように、人を受け入れることができる」
という箇所に感動しました。
今まで、自分は神に受け入れていただけないのではないか…という不安にさいなまれていましたが、自由にされました。
7/18 東京オフ
(5/19更新。ばうちんさんのブログのアドレスが変わっていたので、修正しました)
ばうちんさんのブログから転載です。
ちょっと先になりますが、楽しみですね(^^)
******************
日時:7月18日(土)
場所:都内のどこか(多分いつもの辺り。。。)
時間:1次会:15:00~、2次会:18:00~、3次会:24:00~(予定)
締切:7月3日(金)
連絡先:toshiki@apost.plala.or.jp
主幹事は「としきさん」
詳細が決まっていくごとに連絡を差し上げます。
前回同様で、ブログ形式の連絡になるかもしれません。
*******************
受難日
復活祭の前の金曜日を「受難日」(聖金曜日)というんですね。
まだまだ勉強中です・・・ φ(.. )
祈祷会
地元の教会で開かれている祈祷会に初めて行ってきました。
そういえば、もうすぐイースターなんですね(^^)
今日、読まれた聖句:
マタイ26:39
それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。
「わが父よ、できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。
しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください」
※注釈※
罪を知らないキリストが「私たちの代わりに罪とされ」(Ⅱコリ5:21)、
神の怒りとしての死を経験することは、耐えがたいことであった。
この杯-神の憤りの杯で、この場合は十字架の死を指す。
キリストは、御父のみこころのままに、この杯を飲みほそうとされる。
ルカ22:42-44
「父よ、みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、
わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」
すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。
イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。
汗が血のしずくのように地に落ちた。
※イエスの苦悩は想像を絶します。人間が耐えられる限度を超えていたのでしょう。
父は御使いを遣わして御子を励まされます。
ヘブル2:9
ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。
イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。
その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
※イエスが味わわれた死の苦しみがいかばかりだったかを思うとき、
十字架の救いを備えてくださった神の恵みに対する感謝の念で満たされます。
斎藤篤牧師にお会いしました
斎藤牧師は、若い頃にエホバの証人になったものの辞められ、現在は教会で牧師をされているという貴重な経歴の持ち主です。
http://jwtc.info/modules/newsletter/index.php?content_id=8
今は多忙ながらも、福音を伝える仕事に携わる喜びにあふれておられるご様子でした。
僕も、まだまだ学びの道半ばですが、主の救いにあずかる喜びを実感できる日が来ることを確信していきたいと思いました。
第19回カルト救出全国セミナー
真理のみことば伝道協会主催
■第19回カルト救出全国セミナー
2009年5月11日(月)10時半―17時
「なぜ、教会に行くべきか/パート4」
会場:カルト研究リハビリセンター
359-1145 所沢市山口2546-7
TEL: 04-2921-2235
http://www.jesuscom.org/helpcult/index.php
近況
昨日は東京におりました。
朝は、大野キリスト教会の礼拝に出席してきました。
JWTCの方々ともお会いすることができました。
今朝は、ゴスペルショップ オアシス新宿店に立ち寄りました。
http://www.wlpm.or.jp/g_shop/oasis/index_.htm
一ヶ月ほど続いた出張も今回の仙台で最後です。
あす、飛行機で大阪に戻ります。
父母の1歳児治療拒否は『虐待』 半日で親権停止し救命
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009031502000051.html
東日本で二〇〇八年夏、消化管内の大量出血で重体となった一歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが十四日、分かった。
子どもの治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。
医療ネグレクトに対しては過去に一週間程度で親権停止が認められた例があるが、即日審判は異例のスピード。児相と病院、家裁が連携して法的手続きを進め、一刻を争う治療につなげたケースとして注目される。
関係者によると、当時一歳だった男児は吐き気などを訴えてショック状態となり、何らかの原因による消化管からの大量出血と診断された。
病院は「生命の危険がある」と児相に通告。児相はすぐに必要書類をそろえて翌日昼、両親の親権喪失宣告を申し立てるとともに、それまでの緊急措置として親権者の職務執行停止(親権停止)の保全処分を求めた。
家裁は六、七時間程度の審理で、親の意思より子どもの福祉が優先すると判断、その日夜に保全処分を認めた。
病院はこれを受け、家裁が選任した親権代行者である弁護士の同意を得た上で治療を実施。
男児は命を取り留め、その後請求取り下げで親権を回復した両親の元で順調に育っているという。
こうした輸血拒否への対応については日本小児科学会など関連学会が〇八年二月、合同で指針をまとめており、今回のケースでも病院側はこの指針に従って対応した。
◆『部分停止』制度検討を
わが子の治療を拒む親への親権停止の保全処分をわずか半日で認めた今回の家裁の判断は、一週間から数週間かかっていた従来の審理時間を大幅に短縮し事故や病気で一刻の猶予もない子どもたちの治療に道を開いた。
日本には親の治療拒否に対する特別な制度がなく、現行法では親権を取り上げる「親権喪失宣告」と、その結論が出るまでの間、親権を停止する保全処分を請求するしかない。だが、一時的でも親権停止すれば戸籍に記載され、親子関係を壊しかねないなどの懸念があり、児相の現場は慎重にならざるを得ない。請求に至るのはまれだ。
今回の男児を治療した病院と児相は普段から頻繁に連絡を取り合い、子どもの命を最優先に対応する連携態勢が地域に培われていた。ただ、この方法は、親権はく奪までは意図せず、一時的な処分を求め、その間に治療しようといういわば苦肉の策だ。
子どもが必要な治療を受ける権利を保障するため、親権をその部分に限って停止する新たな制度の必要性は、二〇〇七年の児童虐待防止法改正時にも議論されながら先送りされた。親の意思で幼い命を犠牲にすることのないよう、本腰を入れて検討する時期が来ている。
「一時的でも親権停止すれば戸籍に記載される」んですね・・・。一生記録に残るわけで。
JWTC移動教室一日目
行ってまいりました。生駒。
朝10時まで名古屋で仕事。
新幹線で大阪まで戻り、電車を乗り継いで生駒山上・宝山寺へ。
駅を降りてからもしばらく迷い、もうへとへと・・・
でも、たくさんの仲間と知り合うことができ、楽しい時間を過ごすことができました。
中澤牧師とお会いすることができたのも大きな収穫です。
今夜は自宅に帰り、明日また山登りします。
1歳息子への輸血拒否、父母の親権を即日停止 家裁
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090315STXKG027814032009.html
東日本で2008年夏、消化管内の大量出血で重体となった1歳男児への輸血を拒んだ両親について、親権を一時的に停止するよう求めた児童相談所(児相)の保全処分請求を家庭裁判所がわずか半日で認め、男児が救命されていたことが14日、分かった。
子供の治療には通常、親の同意が必要で、主治医は緊急輸血が必要だと両親を再三説得したが「宗教上の理由」として拒否された。病院から通報を受けた児相は、児童虐待の一種である「医療ネグレクト」と判断した。
医療ネグレクトに対しては過去に1週間程度で親権停止が認められた例があるが、即日審判は異例のスピード。児相と病院、家裁が連携して法的手続きを進め、一刻を争う治療につなげたケースとして注目される。
関係者によると、当時1歳だった男児は吐き気などを訴えてショック状態となり、何らかの原因による消化管からの大量出血と診断された。〔共同〕(07:00)
欧米でも同様の事例がありましたが、日本でも行政が迅速な対応をするようになりましたね。
これで、大ちゃん事件の再発は防げるでしょう。
出張より帰宅
今月はあと10日ほど、出張が続きます。
10(火)の昼に出発し、二晩作業して、きょう夕方に帰宅。
次は、16(月)・17(火)と、18(水)・19(木)、いずれも0泊2日。
20(金・祝)をはさんで21(土)も昼間の作業。
最後は、23(月)・24(火)@仙台。
てなわけで、ブログの更新はほとんどできません・・・
目の回るような忙しさのおかげで、母と絶縁したショックも忘れることができていますが(^^;
JWTC移動教室@生駒
いよいよ来週になりました。
3/17(火)・18(水)の両日、JWTCの移動教室が生駒の関西聖書学院で開かれます。
http://jwtc.info/modules/piCal/index.php?smode=Daily&action=View&event_id=0000000006
関西聖書学院 (近鉄生駒駅からケーブルに乗換え、宝山寺駅下車、徒歩5分)
http://www.kbiwave.com/access.html
僕も参加しようと思っています。
絶縁
母と話し合いました。
僕は背教者として、もう会いに来ないでくれと言われました。
つらいですが、今はただ、いつか母と弟が目を覚ましてくださるよう主に祈るばかりです。
出張より帰宅
明日は代休。
土日も仕事です。
二週続けて聖書学びの会を欠席。
礼拝にも行けてないし、心細いというか、何というか・・・
みことばを引用されているブログを読ませていただき、
少しの時間ですが黙想。
今日も神のお導きがあったことに感謝いたします。
明日も、みこころにしたがった歩みができますように。アーメン。
英語会衆の姉妹に遭遇
帰宅し、駐輪場で自転車を駐めようとすると、ご婦人ふたりに遭遇。
手に聖書と冊子らしきものを持っている。
「いかにもJWぽいな」と思ったら、向こうから声をかけてきた。
「聖書を研究なさっている方ですか?」
僕の方がJWっぽく見えたんでしょうか・・・?(^^;
ブロシュアーのタイトルが英語なのを確認して、「英語会衆の方ですか?」と逆に質問。
「ええ、そうです。これから研究なもので」と姉妹。
僕の住んでいる公団は、外国人が多くお住まいなんですね。
外国語会衆の方々も熱心に伝道されているご様子で・・・
とりあえず今月いっぱいは出張つづきなので、教会にも王国会館にも行く暇がありません。
クリスチャンの方のブログを読ませていただき、聖句から学びをいただいています。
近況
25(水)夕方から、広島へ出張していました。
夜間に作業を行い、終わったのが木曜の朝10時ごろ。
冷たい雨がしとしと降っていました。。。
夜勤明けでとにかく眠くて、広島駅に着くと岡山行き快速電車に乗り、そのまま熟睡・・・。
2時間以上ぐっすりでした。
昼2時ごろに岡山へ到着。
せっかく岡山に来たからと、倉敷めぐみキリスト教会を訪ね、高山牧師とお会いしてきました。
http://kmcc.sakura.ne.jp/
http://ameblo.jp/taka-chaya/
高山先生は、エホバの証人・統一教会・摂理など様々なカルトからの救出を多数手がけておられる
有名な牧師さんです。
急な訪問にもかかわらず、快く迎えてくださいました。
短い時間でしたが、お話させていただくことができました。
その後、ネットカフェで少し仮眠を取った後、マイミクさんと合流し、プチオフをしました。
2年ぶりの再会でした。元気そうな顔を見られて、とても嬉しかったです。
23時ごろ帰宅。
けさも11時まで爆睡してました。
・・・と、ここまでがここ数日の近況です。
明日も夜間作業のため徳島へ出張します。
来週は福井、再来週は三重・・・と、来月下旬まで出張が続きます。
遠くの親戚より近くの他人
孤独は喫煙や肥満と同じくらい人体に悪影響を及ぼす
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080218_bad_influence_for_loneliness/
孤独は、心も体も病ませます。
共に喜び、共に泣いてくれる友の存在は貴重なものです。
「近くにいる隣人は、遠くにいる兄弟にまさる」-箴言27:10。
「友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる」-箴言17:17。
主は、ただ遠くから見守っておられるのではありません。
しっかりとそばについていてくださり、守ってくださいます。
「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、
わたしの義の右の手で、あなたを守る」-イザヤ41:10。
主がわたしたちを「友」と呼んでくださっています。
「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです」-ヨハネ15:15。
「カルトとしての創価学会」
- カルトとしての創価学会=池田大作/古川 利明
- ¥1,575
- Amazon.co.jp
この本は、同じ作者による三部作の三冊めにあたります。
前著「システムとしての創価学会=公明党」、および「シンジケートとしての創価学会=公明党」を先に読んでおいたほうがよさそうでした・・・
本のタイトルに直接関連する部分は、第5章「カルトとしての創価学会」になります。
(p.250-251より)
【通常のグループとカルトとの違い】
通常のグループでは、あくまでその活動は生活の一部分でしかなく、社会に向かって開かれている。
また、活動の目的がはっきりと提示され、それに伴うリスクも説明される。
内部批判や分派が許される。
脱退の自由がある。
これに対し、カルトではそこでの活動が生活のすべてを占め、その組織だけで世界が閉じている。
真の目的はカネ集めや権力の獲得だが、そのことはメンバーには隠され、代わりに「平和」だとか「愛」、「健康」などといった耳障りのよいキャッチフレーズでカムフラージュする。
内部批判は分派は認められず、「非同調」はすなわち「裏切り」とみなされる。
一度、足を突っ込んでしまうと、脱退は極めて困難である。
【信仰とカルト的狂信の違い】
信仰においては、個人の自由意思や選択が認められ、内部において質問や批判が容認されている。
また、他の宗教に対しても寛容さがあり、特定の生きた人物が、神のように崇拝されることはない。
これに対して、カルト的狂信では、そのグループが絶対的な真理を持っているとみなされ、質問や批判は拒絶される。
メンバーの信仰心が薄れていくと罰せられ、グループ内の掟によってのみ行動を取らされる。
それが仮に社会規範や法律に反していても、省みられることはない。
他の信仰は「邪悪」と切り捨てられ、個々のメンバーの信仰心はグループの利益のためにのみ利用する。
リーダーを崇拝する。
【通常のグループのリーダーとカルトのリーダーとの違い】
通常のグループにおけるリーダーは、その選出過程で民主的な手続きが踏まれ、あくまでグループ内における一つの役割として機能する。
また、メンバーは同時に他のグループの活動に参加することができ、そこではそのリーダーに対する忠誠も容認される。
これに対し、カルトのリーダーは、グループの全機能を一人で引き受け、その優越性、絶対性を誇る。
リーダーに対する忠誠にリミットはない。
リーダーへの忠誠がすべてを正当化し、そのためには組織内の懲罰や弾劾も正当化される。
上記3つのポイントをみても、エホバの証人がカルトであることは明らかです。
他のカルトとの違いといえば、特定のリーダーの代わりに「統治体」というグループが絶対的な権威を握っている、という点でしょうか。
真実の愛と偽りの愛
父は、自分の親から愛を示されずに育ちました。
親から無条件で受け入れてもらえるという経験をしてきませんでした。
そのため、
・自分に対する愛や信頼を保てない
・愛し方が分からない
ようになってしまいました。
父は貧しい家庭を助けようと、小学生のころからアルバイトをしていたそうです。
高校時代には複数のバイトを掛け持ち、それこそ寝る間もないほどだったといいます。
そうして稼いだお金を家に入れることで、父は自分を認めてほしい、と思っていたのだと思います。
しかし、父の期待は裏切られ続けました。
いくら自分が稼いでも、家族のために頑張っても、自分を否定される言葉を浴びせられ続けたのです。
父が自暴自棄になったのも容易に推察できます。
母と結婚した後も、父は全力で仕事をし、家族を養うことで自尊心を保ち、自分を認めてもらおうとしました。
そのため、母と衝突することもたびたびだったといいます。
母は僕にこんな話をしたことがあります。
僕が幼いころに高熱を出し、母は父に病院に連れて行ってほしいといったが聞き入れてもらえず、母は僕を抱いて寒さに震えながら病院に向かった、と。
母にとっては、自分の子の一大事に真っ先に行動してくれるのが親としての当然の愛だと思ったのでしょう。
しかし、父はそんな愛を受けずに育ったのです。
父は仕事をして家族を養うことでしか自分の愛を表せなかったのです。
おそらく、父には納期の迫った仕事があり、どうしても手を離せなかったのでしょう。
そんな父の思いを、母は理解できなかったのでしょう。
母は、自分ひとりで子供を守らなければいけないことに強烈な不安を感じたといいます。
ちょうどそのころ、エホバの証人が伝道に訪れ、母は研究を始めます。
エホバの証人の教えは、母の満たされない思いや不安を払拭するのに十分だったのでしょう。
当初、父は母がエホバの証人と研究するのを認めていたそうです。
ところが、エホバの証人が世俗の仕事を否定することを知り、父は態度を一変させ、猛烈な反対者になります。
当然のことです。父は仕事によって家族への愛を示してきたのです。その仕事を否定されれば、父の存在そのものを否定することに等しかったのです。
しかし、父はのちに研究を始めるようになります。
猛烈な勢いで研究を進めたため、ついに母に追いついてしまったそうです。
そして父と母はバプテスマを受けました。1983年8月のことです。
エホバの証人になった父は転職し、補助開拓奉仕を始めます。
母ものちに正規開拓者になり、夫婦そろって伝道に駆けずり回ります。
僕も小学校入学と同時、1984年4月に伝道者になりました。
傍から見れば熱心な神権家族だったのでしょうが、家庭の中は悲惨でした。
父と母の口論は絶えませんでした。
母は、子育てより伝道に時間を費やし、僕と弟は顧みられない時間が多くなっていきます。
そして両親は僕と弟をエホバの証人の教えにしたがって育てようと必死になり、むちを振るいました。
僕や弟が何をしたいか、何がほしいのか、訴える時間もなければ、両親にはその訴えに耳を傾けるだけの余裕もありませんでした。
ただ、エホバの証人の教えに従うよう強制されるばかりでした。
僕は親の期待にこたえたい、親に従って親に認めてほしいとの思いから、従順な子供でいようとしつづけました。
一方、弟は、親に反発しつづけ、自分のやりたいことを押し通し続けました。
父は奉仕の僕に、そしてのちに長老になり、会衆での仕事量も増えていきます。
世俗の仕事と開拓奉仕と会衆での仕事とに追われる日々が続きます。
父は会衆内で自分の働きを認めてもらえることに、自尊心の充足を感じていたのかもしれません。
一方で母は、会衆内の仕事に没頭して家族を顧みない父を非難しつづけます。
「愛し方を知らない」父は、家族だけでなく会衆内の成員に対しても、押しつけがましくなる傾向が強くなります。
父は会衆内でたびたび摩擦を起こすようになり、ベテランの長老であった主宰監督と対立するようになります。
対立は深刻なものとなり、ついに父は会衆を移ってしまいます。
しかし主宰監督は父の推薦状を書かず、父は移った先の会衆で長老としての任命を受けられませんでした。
父はエホバの証人の組織からも認められず、裏切られたのです。
父の絶望はどれほどのものだっただろうと思います。
そんな父に対し、母は父のやり方が非聖書的であると非難し、父をさらに追い詰めていきました。
ついに父は、会衆からも家族からも離れる決心をします。
断絶を宣言し、母と離婚し、家を出て行きました。
さて、こうして振り返ると、エホバの証人の組織の問題点が浮き彫りになってくると思うのです。
エホバの証人は、集会の出席や伝道への参加、とくに開拓奉仕を行うことが「正しい道」だと説きます。
そうした生活に忙殺され、両親は精神的な余裕を失っていきました。
そして、愛を持って受け入れるのではなく、「非聖書的である」と裁く見方。
正しくないことをしていると、神からも愛されない。
エホバの証人の愛は「条件付きの愛」なのです。
無条件に認められ、愛される経験をしてこなかった父にとって、エホバの証人の「条件付きの愛」がおかしいものだとは思わなかったのかもしれません。
結局、両親は子供に対して、「条件付きの愛」しか示せなくなっていきます。
正しいことをしていれば愛されるが、親への不従順は親からも神からも不興を買い、愛されないことにつながる、という教え。
思春期にはさまざまな葛藤があり、親への反抗を繰り返しながら自我を確立していきます。
しかし、エホバの証人の教えはそういった反抗を自我確立の過程として認めません。
子供は親に反発しながらも、「自分が親に反発するのは悪いことなんだ」と自分を責めるようになります。
子供は自尊心を保つのが難しくなり、精神的に追い詰められていきます。
親も子供も精神的に追い詰められる宗教。
「無条件の愛」ではなく、「条件付きの愛」で絶え間なく追い立てられる宗教。
そんな宗教のどこに、真の愛があるというのでしょうか!
エホバの証人の中に真の愛がないことは明白です。
エホバの証人の組織の中に見られるのは、偽りの愛です。
父が「無条件の愛」を受けることができず、親からも、エホバの証人からも、「条件付きの愛」しか与えられなかったことは、とても不幸なことだったと思うのです。
父が真のキリスト教に出会い、神の恵みと愛によって救われていたなら、父が今ほどに苦しむことはなかっただろうと思えてならないのです。
さて、昨日書いたように、僕は父に対して何ができるのだろうと自問していました。
そうやって自問していることを、父にメールしました。
父から返事が返ってきました。
———-
件名: 理解だけで充分
愛されたことがない者は愛の示し方を知りません。
なんとか愛を示そうとすると、何かを押しつけてしまい相手を傷つけてしまっていることに気づき、落ち込んで、身動きができなくなってしまいます。
基本の愛は、必要とされていることを実感させることではないでしょうか。
決して本心からではないとはいえ家庭を捨てた父親を、捜して会いに来てくれた!
それで充分です。
もし、言わせてもらえるなら、自分の居場所を大切にしてください。
優しさゆえに親や兄弟のために労力を使い・・・燃え尽きた時、自分の居場所がなくなっている、なんてことがないように・・・。
もう一つ、アダルトチルドレンと同様に、愛を正確に示されていない人は、間違ったことを人生の生き甲斐とする傾向があるようです。
アダルトチルドレンの場合に「共依存」と呼ばれますが、虐待を与えている者を助けるのは自分だけ・・・と、関わりつづけることを生き甲斐にしてしまう・・・つまり依存している場合もあるようです。
———-
僕も父も、エホバの証人でなくなってはじめて、「無条件の愛」にたどりついたのです。
無条件に受け入れられ、認められ、必要とされること。
そして僕は、神が、変わらずずっと愛し続けてくださっていることに、ただ感謝するのみです。
僕を見捨てられることなく、恵みのもとへ導いてくださったことを思うとき、涙があふれて止まりません。
でもその涙は、決して悲嘆や苦悩の涙ではありません。
神が大きなみ手をもって僕を包んでくださり、救ってくださったことに対する感謝と感動の涙です。
いつか、両親が、真の愛を知り、救われるよう、これからも祈り続けていきます。
心の傷
すみません・・・昨日のセミナーについて記事にしなくてはと思いつつ、今日は別の話題です。
深い心の傷を負った人を、どうすればいやせるのでしょう。
会うたびにその人は、自分の受けた仕打ちを、苦しみを吐露します。
延々と・・・何時間も・・・際限なくと思えるときさえあります。
いくら吐き出しても吐き出しきれないくらい、深い闇が心の中に広がっているようです。。。
彼は、父から愛情を受けずに育ちました。
彼の父は次男でした。
長男のほうがよい扱いを受け、愛されていることをねたんでいました。
そして自分の長子に対し、「長男」へのねたみの感情をぶつけたのです。
無条件に愛され、認められるべき存在である子供を、不満のはけ口にしたのです。
彼は、「自分は誰からも愛されない」という絶望感にさいなまれ、ボロボロになり、やけくそになっていました。
しかし、そんな彼を必要とする女性が現れました。
ふたりは結婚しました。
彼は、自暴自棄になっていた自分を懸命に生きるよう励まし、家庭としての居場所を与えてくれた妻に対し、言葉では言い尽くせない感謝の気持ちを抱いていました。
しかし時は経ち、妻は事あるごとに夫を責め、追い詰めるようになります。
彼は次第に逃げ場を失い、自分の居場所を失います。
そしてふたりは離婚しました。
彼はすべてを失いました・・・。家庭も、そして自尊心をも。
僕は、彼に対してどう接すればいいのだろうかと思いあぐねています。
彼は、僕の父です。
僕は、父を尊敬し、愛してきました。
愛されずに育ち、愛し方を知らない不器用な父は、不器用にしか子供を愛せませんでした。
僕たち子供はそんな父に傷つけられ、ときには追い詰められました。
幼い頃は、ただ従うしかありませんでした。
でも、大きくなってから、おもいっきり反抗しました。
父にとっては、子供から自分を否定されたかのように感じたのかもしれません。
でも、僕たち子供は、いくら反抗しようとも、心の中では父のことを誇りに思ってきました。
父はいつも自分たちを愛してくれていることを信頼していました。
父が家族を捨てて出ていったとき、その信頼は揺らぎました。
しかし、父と再会して、決して父が冷血漢ではなかったのだと知りました。
父は愛に飢え、傷つき、深い悲しみの中にいることを知りました。
そんな父に、僕は何ができるのでしょう・・・
父は、母とかかわるのはもうこりごりだと思っています。
そして、祖父に対しては、母に対する以上の怒りと憎しみと絶望の気持ちを抱いています。
父の心の闇は、果てしなく深いように思えます。。。
「偽りの楽園~エホバの証人だった自衛官の妻の独白~」

http://www009.upp.so-net.ne.jp/jwtc/shoseki.htm
大野キリスト教会( http://oono.kyokai.org/ )にFAXまたはメールにて注文できます。
http://www.life21.jp/html/order.html
姉妹たちが誰しも遭遇しているような経験や葛藤が綴られています。
「家族生活」の本は悪書だ、というくだり(p.72-76)が興味深かったです。
この本を学んでいくうちに、ある種の変化が自分の中に起こっていることに気づきはじめた。
その書物によって、結局、ものみの塔という組織を理想化し、
組織(の人々)に対する信頼が培われていくのである。
ものみの塔の信仰を学んでいない夫は、野暮ったい。
怠惰な男の一人になりさがっていく。
その結果、それまでもっていた夫への尊敬と信頼が崩れ、
愛せなくなってしまったのである。
○○○なところが夫には欠けている、○○○してくれない夫である。
もう少し○○○であってくれればよいのだが・・・。
本を読めば読むほど、夫に対して不平不満が募ってくる。
その書物は、いわば「家庭生活を嫌なもの」にしてしまう本なのだ。
ちなみに、うちは「神権家族」でしたが、それでも「家族生活」の本の通りにはいきませんでしたね。
それは、他の神権家族にしても同じだと思います。。。
しょせん、「家族生活」に描かれているのは机上の空論ですよね。
しかも、奉仕や集会だけでなく家族研究に会衆の仕事と、たくさんの「神権的活動」に追われている兄弟たちも疲れ果てています。
王国会館では温和な夫を演じているかもしれませんが、家庭の中では「怠惰な男」になっちゃうわけです。
未信者の夫を持つ姉妹たちにあこがれられる「夫である兄弟」たちも、そんなに立派なものじゃないってわけで。
収入も最小限ですから将来の備えなどとても蓄えられませんし。
きちんと稼ぎ、家庭を養ってくれる未信者の夫のほうが、よっぽど感謝されてしかるべきだと思いますよ。
村上密牧師
ジャン・ドウゲン牧師のご紹介で、アッセンブリー京都教会の村上密牧師にお会いしてきました。
http://ag-kyoto.com/
村上牧師は、多数の宗教トラブルを解決に導いておられます。
救出について相談してきましたので内容は書けませんが、とても参考になりました。
村上牧師も指摘されていましたが、エホバの証人の「審理委員会」という仕組みは、密室で
恣意的な判断が下されやすいという点で大いに問題です。
実際、長老の子供であったために「悔い改めた」と認められておとがめなしになったり、
些細な「罪」にもかかわらず排斥になった例が存在します。
しかし、審理に関する書類は完全非公開であり、当事者による証言以外、検証するすべがありません。
オフ会情報
以下のオフが企画されています。
参加ご希望の方はそれぞれ幹事さんに連絡をとってみてください。
関西オフ 3/28(土) or 4/4(土)
http://ameblo.jp/jun1978/entry-10201794247.html
九州オフ 5/2(土)
http://ameblo.jp/mimi210/entry-10200259631.html
ジャン・ドウゲン牧師
昨日、ジャン・ドウゲン牧師にお会いしてきました。
・関西聖書学院の講師をされています。
・エホバの証人の救出は、1990年代後半が特に多かった。毎日のように現役JWから電話がかかってきたそうです。
・レイモンド・フランズと何度か電話で話をされたことがあるとのことでした。
・聖神中央教会からの救出活動に取り組んでこられました。
http://sky.geocities.jp/sanbi_sunny/E5.htm
最近は、おもに摂理(鄭明析を教祖とするカルト)からの救出に取り組んでおられるそうです。
エホバの証人はおおまかに、3つのタイプに分かれるように思えるとおっしゃっていました。
「依存型」「充実型」「独立型」。
「依存型」というのは、悩みを抱えていたり寂しさを感じていたりして、エホバの証人に依存しているタイプ。
「充実型」というのは、エホバの証人の活動に充実感や達成感を感じているタイプ。
たくさん研究を取り決めたりしている姉妹たちが当てはまるとのこと。保険の勧誘をやってる人が多かったり。
「独立型」というのは、エホバの証人の教えのある部分には共感しているものの、他の部分においては独自の考えを持っており、組織からは心理的な一定の距離を置いているようなタイプ。
自分でも世間の文献を調べたりして、探求している人。
上記3タイプのうち、救出しやすいのは「充実型」だとおっしゃっていました。
一見、熱心でそんなことなさそうに思えますが、組織の間違いに気づくとパッと転向される場合が多いようです。
「独立型」も自分の考えを持っていますから、一定の根拠を提示され、納得すれば離れられる。
いちばん救出しにくいのが「依存型」だとおっしゃっていました。
僕自身も、僕の身近なところにいるJWも「依存型」が多いように思えます。。。
だから、JWの影響から完全に離脱できるまでに時間がかかるんですよねぇ。
教会について、こうおっしゃっていました。
キリストは自分の持ち物を「忠実で思慮深い奴隷」にゆだねられたが、「奴隷」級は単一の教会組織であるわけがない。特定の教派がすべての人を救える器となれるわけではない。
人にはそれぞれ個性があるように、教会にもそれぞれ一長一短ある。
それは、花にもさまざまなバリエーションがあるのと似ている。
「いま、自分が通っている教会が一番だと思いなさい。もし別の場所に引っ越して別の教会に移ったときは、以前通っていた教会と比べるようなことをせず、いま通っている教会が一番だと思いなさい」と説いている、とのことでした。
日曜礼拝
どうしても土曜の夜は早く寝付けないJoelです。
Googleトラブルの経過を追いかけていたら、いつの間にか一時を過ぎてました…
でも、今朝は早く目が覚めました。7時半。
目覚まし代わりにテレビのオンタイマーをセットしているんですが、日曜の目覚めのBGMはたいてい、戦隊物の「トヤーッ!ウリャーッ!」という雄叫び(^^;)
JW2世の男の子なら、幼い頃に戦隊物で遊ばせてもらえなかった記憶があるかもしれません。
ただ、僕の場合は、親がエホバの証人になる前から、戦隊物は苦手だったんです…。
その点、他の2世よりは葛藤が少なかったのかもしれません。
さて、テレビに映る正義の味方。「相変わらず僕には興味持てないなあ」なんて思いつつ、ふとんから起き上がれない自分と格闘。
なんとか10時前には起き上がり、教会に行く用意をしました。
口語訳聖書と聖歌集も買ってきたし、準備は万端!
…と思って家を出てしばらくして、財布を忘れたことに気づきました。
もうすぐ10時半。引き返しては間に合わない。
「今日は献金できなくてごめんなさい!」と祈りながら教会へ。
さて、2ヶ月ぶりの日曜礼拝です。
賛美歌はまだまだ歌えません。プログラムの紙に来週の歌の番号が載ってたから、練習しておこう。
それから、今日は説教のあとに聖餐式がありました。
パンとぶどう酒(ジュース?)をいただきました。
エホバの証人時代はただ目の前を通り過ぎるだけだった、キリストの体と血を表す表象物にあずかったことに、なんともいえない感慨がありました。
キリストの贖いに対する感謝の念を新たにしたのは言うまでもなく、キリストにさらに近づいた気がしました。
今までは「統治体」に通せんぼされてた気分です。
説教では、ユダの手紙が扱われました。
「放縦」な生活へといざなう分派に気をつけるようにとのことでしたが…いまいちよく分かりませんでした。
エホバの証人は、同じ分派とはいえ、放縦とは対極の、禁欲的で修行僧のような生き方を信者に求めますからね…。
個人的には、せっかく「エホバの証人」の組織の呪縛から自由にされたんだから、放縦に走ることなく、主の恵みに絶えず感謝しなくてはいけないと思いました。
ちなみに、いまは電車で移動中です。
これからジャン・ドウゲン牧師にお会いしてきます。
「聖書そのものに聖句の意味を決めさせる」
エホバの証人は、「自分たちこそが聖書に忠実である。キリスト教世界は聖書の教えから逸れ、人間の伝統に従っている」と主張しています。
しかし、かつて統治体の一員であり、出版物の執筆もしてきたレイモンド・フランズは、協会の出版物が「通説」にとらわれていることを指摘しています。
1988年にものみの塔協会が出版した聖書辞典「聖書に対する洞察」は、1971年にレイモンド・フランズたちが執筆した「聖書理解の助け」にわずかな修正を加えただけのものです。
その「聖書理解の助け」を執筆する過程で悟った点を、レイモンド・フランズはこう述べています。
(「聖書理解の助け」執筆の)仕事を始めたころ、ノア会長が我々に申し渡したことがあり、これが作業の基本路線となった。実は我々はその言葉を誤解していたのだが、これがまさに幸運な誤解だったと言える。ノア会長が言ったのは「単に聖書の言うところを示したいだけであるから、協会の出版物にすべてを捜し求める必要は全然ない」という言葉だった。・・・・・・我々は会長の言葉を曲解し、ものみの塔の出版物が聖書の内容を示すやり方にとらわれず、常に聖書が実際に言っていることを示すように努めねばならないのだと受け取ったのである。その結果、そうでなければできなかったような本ができあがった。(世界各国の支部事務所の者や工場の監督など)250名から送られた原稿の方はほとんど例外なく協会の出版物の「通説」によっていたので、よく調べてみると違いが明らかになってしまうことが多かった。
協会副会長のフレッド・フランズは一番の聖書学者として認められていて、私も何度となく質問に行った。すると驚いたことに、聖書の注釈書を見るように言われることが多かった。「アダム・クラークかクックにどう書いてあるか見てみたら」とか、あるいは旧約聖書に関することであれば「ソンチノの注釈を見てみたら」という具合である。
ベテルの図書室にはそういった注釈書が山ほどあった。しかしそういったものは他の宗派の学者によるものなので私はあまり重要だと思っていなかったし、他の仲間たち同様、ためらいや疑いも感じた。・・・・・・
ところが、こういう注釈書の数々を見れば見るほど、聖書が神の霊感によるものだという堅い信念が読み取れることが多く、心を深く打たれるばかりだったのである。18世紀の注釈書でも、書いてあることは極めて値打ちのあることであり、また正確でもあることを見るにつけ、その印象はなおさらだった。何年も経たないうちに「無効」になり、もう出されなくなってしまう自分たちの出版物と比べずにはおれなかった。・・・・・・
どの聖句の意味を考える時でも文脈がいかに重要かがそれまで以上に分かってきたし、またこの聖書辞典作成にあたっていた仲間もそう感じていたようだった。我々はまた、聖書に出てくる言葉の理解にあたっては、ただ単に既存の見方を取り入れたり、国語辞典にとらわれたりせず、ただ聖書そのものに意味を決めさせることの必要性にも気がついた。ベテルの図書室にあるヘブライ語およびギリシャ語辞典、そして英語の訳語ではなく原語に準拠した聖書索引をそれまで以上によく使うようになった。・・・・・・常に文脈に沿い、聖書そのものに聖句の意味を決めさせる必要を素直に認めたのである。ベテルの図書室にある百年も二百年も前の注釈書がなぜ時を経ても値打ちを失わないのかも理解できた。きっちり原文に沿っていく取り組み方をすれば、文脈の意味から離れたり、原文とはかけ離れた視野の狭い解釈をしたりはできないのである。
-「良心の危機」 P.29-31。
- 良心の危機―「エホバの証人」組織中枢での葛藤/レイモンド・フランズ
- ¥3,990
- Amazon.co.jp
信頼できる聖書解釈はどちらでしょうか。
多くの聖書学者の目に触れてきた注釈書ですか。それとも、「通説」に基づいて書かれたエホバの証人の出版物でしょうか。
エホバの証人がとらわれている「通説」の最たるものが、「エルサレム陥落は西暦前607年だった」というものです。
この西暦前607年を起点とした年代計算により算出される1914年に「終わりの時」が始まった、というのがエホバの証人にとって重要な教理です。
しかし、どの歴史文献を当たっても、エルサレム陥落は西暦前607年ではなく、それより20年前の西暦前587年なのです。
以下の記事をご参照ください。
「エルサレム陥落」 (JWのあとさき )
http://blogs.yahoo.co.jp/ageratamu_san/17944120.html
『異邦人の時再考』 - 要旨と抄訳
http://www.jwic.info/gentim_x.htm
1914。ものみの塔の自爆。 (良心の鬼気-必要で入った背教開拓者の葛藤- )
http://tokkenn.exblog.jp/8076878/
神戸JW研究会 - 新約聖書と神のみ名
今日、勉強した内容です。
以下はいずれも、ものみの塔協会の出版物からの引用です。
「聖書から論じる」 P.267-268 「聖書」の項
聖書の内容が変わっていないということをどうして確信できますか
「記述の正確さを立証する古代写本の数,また原本が書かれてからそれら正確さを立証している写本が作られるまでに経過した年数という点で,聖書は古典文書[ホメロス,プラトンその他の人々の著作]を決定的に凌駕している。……聖書の場合と比べると,総じて,古典文書の写本はごくわずかである。古代の文書で,聖書ほど写本上の正確さが立証されているものはない」―「聖書―そのはじまりから」(ニューヨーク,1929年),P・マリオン・シムズ,74,76ページ,英文。
1971年に発表された,ある報告によれば,ヘブライ語聖書の全部,もしくは一部の手書き写本は多分,6,000点ほどあり,そのうち最古の写本の年代は西暦前3世紀までさかのぼります。クリスチャン・ギリシャ語聖書について言えば,ギリシャ語の写本はおよそ5,000点ほどあって,その中の最古の写本の年代は西暦2世紀初頭にまでさかのぼります。また,ほかの言語に翻訳された初期の訳本も多数あります。
フレデリック・ケニヨン卿は,自分の編さんした,「チェスター・ビーティー聖書パピルス写本」,全7巻の序文に次のように書きました。「これら[パピルス写本]の調査から得られた最初の,かつ最も重要な結論は,現存する本文が基本的に確実なものであることをそれらが確証しているという,満足のゆくものである。旧約および新約のいずれにおいても,衝撃的もしくは根本的な異読は認められない。重要な意味を持つ語句の削除や挿入はなく,大切な事実や教理に影響を及ぼす異読もない。本文の異読は,語順や細かな言葉遣いといった小さな点に影響を及ぼしている。……しかし,それらの持つ基本的に重要な価値は,これまで利用できた写本よりそれらが古いという事実によって,現存する本文の忠実性を確証していることにある」―(ロンドン,1933年),15ページ。
一部の聖書翻訳が,他のものより,原語で書かれた本文に,より厳密に従っているのは事実です。意訳を中心とする現代の聖書は,時によると原文の意味を変えることさえ行なってきました。中には,自分の信条を訳文に反映させた翻訳者もいました。しかし,このような好ましくない点は様々な聖書翻訳を比較することによって識別できます。
「神のみ名」のブロシュアー P.26,27より
み名を復元すべきか
現存する写本にみ名が含まれていないという事実を考慮すると,翻訳者にはみ名を復元する権利があると言えるでしょうか。そうする権利があると言えます。ほとんどのギリシャ語辞典は,聖書中の「主」という語が多くの場合にエホバを指すことを認めています。例えば,ロビンソンの新約聖書希英辞典(A?Greek?and?English?Lexicon?of?the?New?Testament,1859年に印刷)はギリシャ語キュリオス(「主」)の項のもとでその意味を次のように説明しています。「至上者なる主また宇宙の主権者としての神。セプトゥアギンタ[訳]では普通,ヘブライ語????,エホバを表わす」。ですから,クリスチャン・ギリシャ語聖書の筆者たちがそれ以前のヘブライ語聖書から引用している箇所では,ヘブライ語原文に神のみ名の出ている部分のキュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります。
(中略)
正当な権威のもとに神のみ名を大胆に復元している翻訳の一つはクリスチャン・ギリシャ語聖書新世界訳です。日本語を初め,現代の11の言語で現在入手できるこの訳は,ヘブライ語聖書中の神のみ名を含む句がギリシャ語聖書に引用されているすべての箇所で神のみ名を復元しています。ギリシャ語聖書のこの翻訳では,確かな根拠に基づいて合計237回み名が出てきます。
み名に対する反対
聖書中に神のみ名を復元しようとする多くの翻訳者の努力にもかかわらず,み名を消し去ろうとする宗教的圧力も常に存在してきました。ユダヤ人は,み名を聖書にとどめてはいましたが,それを発音しようとしませんでした。西暦二,三世紀の背教したクリスチャンたちは,ギリシャ語聖書の写本の写しを作る際にみ名を取り除き,聖書の翻訳を行なった時にもみ名を省いてしまいました。
さて。
「聖書の内容が変わっていないこと」は、エホバの証人の聖書研究においても初期の段階で学びますよね。
「論じる」の本によれば、新約聖書は現存する5000点ほどの写本(最古のものは西暦2世紀初頭、つまり新約聖書が書き終えられた数十年後にさかのぼる)によって本文の忠実性が確証されている、とあります。
フレデリック・ケニヨン卿の言葉が引用されていますが、「重要な意味を持つ語句の削除や挿入はない」とあります。
ところが、「み名」のブロシュアーによれば「西暦2、3世紀の背教したクリスチャンたちが写本の写しからみ名を取り除いた」とあります。
「論じる」の記述と矛盾しますよね。「神のみ名」という「重要な意味を持つ語句の削除」はあったのでしょうか、なかったのでしょうか。
そもそも、「み名が取り除かれた」との記述は、その直前と比較しても矛盾しています。
「現存する写本にみ名が含まれていないという事実」を認めているのです。
では、み名はどこから取り除かれたのでしょうか。いいえ、最初からみ名は含まれていないのです。
「み名」のブロシュアーでは、「キュリオスという語を「エホバ」と訳す権利が翻訳者にはあります」と主張していますが、その根拠は何でしょうか。
その権利の裏付けとして引用されているのが、19世紀後半に書かれた希英辞典です。
しかし、み名という「重要な意味を持つ語句の挿入」を認める権威を、写本の比較によってではなく、後世の人間が書いた辞典に求めるのはおかしくないでしょうか?
もともと、み名が含まれていない新約聖書に「エホバ」という語句を237回も挿入するのは、「論じる」にあるとおり「自分の信条を訳文に反映」させていることにならないでしょうか。
実際、様々な聖書翻訳を比較するなら、「エホバ」という語句を挿入している点で新世界訳聖書は「好ましくない点」があることが明らかになっています。
ということは、以下の聖句は新世界訳の翻訳者たちに当てはまるのではないでしょうか。
「わたしは,すべてこの巻き物の預言の言葉を聞く者に証しする。これらのことに付け加える者がいれば,神はこの巻き物に書かれている災厄をその者に加えるであろう。」-啓示22:18。
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エホバの証人の出版物を比較してみると矛盾が出てくる、という一例ですね。
しかも、意図的に「エホバ」を付け足していることが明らかになることによって、「エホバの証人こそが聖書に忠実である」という主張が崩れてきますね。
元恋人との死別
以前の記事 – 僕のJW歴 (3) で、中学時代の彼女について書いていましたが、じつはその続きがあります。
高校時代(たしか2年の秋だったと思うんですが)、その彼女から突然、電話がかかってきました。
音沙汰がなくなってからすでに2年ほど経っており、僕はただあっけにとられていたのですが、彼女が「会いたい」というので、彼女と会う約束をしました。
京阪 出町柳駅前で彼女と待ち合わせ、一緒に鴨川を歩きました。
どんな話をしたのかもよく覚えていないのですが、彼女は「もうすぐ手術を受けるんだ」と言っていました。
大人になった今では、わざわざ元彼を呼び出して打ち明けるくらいなんだから、その手術が命にかかわるくらいのものであることが想像できるというものですが、まだまだお子ちゃまだった僕にはそんな洞察力など全くなく、「ふぅ~ん、そうなんだ」と受け流しちゃいました。
僕のJW歴 (4) に書いていたように、高校に入ってからようやく「異性」というものを意識しはじめていた僕には、中学時代の彼女はあまり異性として意識していなかったせいもあるかもしれません。
これから大手術を受けようとしている彼女がどれほど切迫した状況にあるか、その当時の僕には知るよしもありませんでした・・・。
それから4年ほど経過して、僕が必要の大きな会衆に移り、ひとり暮らしを始めたものの、うつになって倒れてしまった後のことです。
中学時代の担任から突然、電話がかかってきました。
彼女が亡くなったとの知らせでした。。。
僕は「エホバの証人なので通夜・葬儀に参列できないので」と、通夜の前日に、彼女の遺体と対面させてもらいました。
初めて、彼女の額に触れました。
とても冷たかったです・・・。
彼女が生きているうちに、なぜ彼女を抱きしめてあげなかったんだろう、
キスしてあげなかったんだろう、
彼女のすべてを受け止めてあげられなかったんだろう・・・と、後悔の念がこみあげて仕方ありませんでした。
その後、担任の先生から聞かされたのですが、彼女は生まれつき脳に腫瘍があり、すでに片眼を失っていたのでした。
その腫瘍が進行していき、高校の時に大手術を受けて肥大化した腫瘍を切除しなければいけなくなったのでした。
手術は成功し、彼女は東京の音楽大学に入学したそうです。
しかし、その後も腫瘍は再発し、ついに彼女は失明してしまい、病状が悪化するにつれてひとりで歩くこともできなくなったのでした。
それでも彼女は友達に支えてもらいながら大学に通いつづけたそうです。
彼女は亡くなるまで、自分の夢をあきらめず、ひたすら前を向いて走り続け、20年の人生を完全燃焼させました。
彼女の死は、僕にとって大きな衝撃でした。
人生について、今を生きる意味について、考えさせられました。
当時まだうつだった僕は、生きる気力を失いつつありましたが、彼女が僕を励ましてくれているように思いました。
彼女の分まで僕が生きなくては・・・、
彼女を愛してあげられなかった分、将来伴侶となる人を愛してあげなくては・・・
と思いました。
「世界の中心で愛を叫ぶ」とか「恋空」とか、映画を見ると僕は彼女のことを思い出します。
映画のような甘酸っぱい思い出は、僕と彼女の間にはほとんどありません。
僕がエホバの証人でなければ、もっとたくさんの思い出を作れていたのではないかと思います。
僕から若いJW2世にアドバイスするとすれば、「若いうちに存分に恋愛せよ!」と声を大にして言いたいですね。(^^;
神権家族
お父さんが未信者のご家庭からしたら羨望の的かもしれませんが、神権家族には神権家族なりの悩みがあるわけで・・・。
神権家族の場合、父の役割はあまりにも多いのです。
家族と一緒に研究、奉仕・・・
会衆の仕事もあるし、長老だと牧羊訪問に出かけたりもするし(時には夜中に呼び出されることも)。
家族を養わなければいけないのに、最低限の時間しか働かないので、まともな給料を稼げません。
しかも、会衆の仕事や牧羊に追われていると「家庭がおろそかになってる!」と妻から不満を言われ・・・
父も大変だったろうと思いますが、子供ながらに「長老の子供なのに、あまり顧みてもらってない」と思ってました。。。
収入が少ないので、子供が独り立ちするときにも援助する余裕などありません。
同年代の若者で、親に援助してもらいながら開拓をしている人たちをみていると、正直言ってうらやましいと思いました。
男はまずは稼がなくちゃ・・・との思いから、マイホームパパにはなれそうもないJoelでした。
割り当てとか講演とか・・・
最近、エホバの証人だったころの記憶がどんどん薄れてきてるなぁ・・・と感じているJoelです。
自然消滅する直前、「即席の話」をしたことがあります。
神権宣教学校の冒頭、監督が「今日、第二の話をされる予定だった兄弟が急遽お休みされました。どなたか代理で話をしていただけますか」と呼びかけたので、つい手を挙げちゃいました。
ノートPCに入れてたWatchtower Libraryで資料を検索して、即席で話を作りました。
どんな話をしたのかも、さっぱり覚えていませんが・・・
演壇に立ったのは、その時がたぶん最後だったと思います。
家から家に伝道するのは苦手でしたが、演壇に立って割り当てをするのは苦じゃないほうでした。
5分(第二・第四の話)から15分(第一の話)、そして45分(公開講演)。
時間が長いほうが、話の流れを自分なりに考えられるのでおもしろいと思っていました。
でも、今から考えると、聖書から話していたのではなく、エホバの証人の出版物に頼って話してたんだろうなぁ・・・と思います。
バプテスマから19年
1990年1月20日。
19年前の今日、水口の大会ホールでバプテスマを受けました。
当時、20年後の自分なんて想像できませんでした。
きっと楽園が来ているだろうと思ってましたから…
教会で改めて洗礼を受けたほうがいいのかな。
いつになるか分かりませんが…
楽園が来なくても、今は幸せです。
主の恵みに日々感謝です。
阪神大震災
あれから14年・・・。
当時、僕は高校2年生でした。
実家あたりは、たしか震度4だったんですが、今までにない激しい揺れで、とても怖かったです。
学校には行ったものの、休校になって帰りました。
TVで続々と報じられる甚大な被害に、呆然となりました。
ちょうど半年前、徳島の会衆で訪問講演があって家族で出かけた時、阪神高速神戸線を通ったんです。
その高速道路の高架が延々となぎ倒されている光景は、とてもショッキングでした。
数日後、支援物資運搬・仕分けのボランティアに出かけたのを覚えています。
今まで生きてきた中で、たいへん衝撃を受けた出来事はいくつかありますが、
大きな災害で自分も経験したことがあるのは阪神大震災くらいですね。。。
じつは、震災の翌月、祖母が亡くなりました。
何年も闘病していたので、やっと楽になれてよかっただろうとは思いましたが、やはり悲しかったです。
その後、地下鉄サリン事件(3/20)があったんですよね。
1995年は衝撃的な出来事がいくつも起こった年でした。
派遣村
香山リカのココロの万華鏡:「年越し派遣村」の教訓
http://mainichi.jp/life/today/news/20090114ddlk13070748000c.html
突然の「派遣切り」にあい、住まいまで失ってしまった人の多くは、自尊心がズタズタに傷つき、「ファイトや根性」で奮い立つエネルギーも失ってしまっている、ということだ。
派遣村に集まった人たちのインタビューを聞いていると、もしかするとすでにうつ病の状態になっているのでは、と思われる人も何人かいた。
こうなってしまうと、たとえ目の前で働き口の情報を見せても、「やります」と手をあげることさえできないだろう。
派遣村は、「私なんて生きていても価値がない」というところまで自己肯定感を失った労働者に「こうなっているのはあなたのせいではない」「困難に直面しているのはあなただけではない」と伝え、彼らに傷ついた心の羽をとりあえず休める居場所を提供する、という大きな役割を果たしたのだ。
「私にもまだできることがあるんだ」と最低限の自信を回復して、はじめて「ファイトや根性」を持つこともできるようになるのだ。
まず、最低限の生活と医療、そして人とのつながりが保証されなければ、立ち上がろうという気力、職探しの気力も失われてしまう。
僕が教会に足を運ぶようになったのも、似たような理由です。
これまで書いてきたとおり、病に倒れ、職を失い、模範的JWとしてのプライドも将来像も失いました。
うつは長い長いトンネルのようで、いつまでたっても抜け出せないんじゃないだろうかと不安を抱えていました。
それに加えて、家庭は崩壊し、多額の負債を背負い、あまりにも多くのストレスがかかりました。
なんとか自分を奮い立たせようとしても、自分の中のエネルギーが底をついてしまい、他からエネルギーを分けてもらわないとやっていけない状態でした。
組織宗教に対する不信感はもちろんありますが、誰かに話を聞いてほしい、そばにいてほしい、一緒に聖書を開き、励ましのことばをかけてほしい、という気持ちに駆られました。
教会に行き、牧師さんと話をし、久しく感じていなかった心の安らぎが得られました。
神は、これまでの自分の歩みを見守っていてくださり、ちゃんと導いてくださっていたんだ、決して僕をお見捨てにはならなかったんだ、僕に対しても恵みを注いでくださっていたんだ、という確信を新たにすることができました。
エホバの証人から離れた人の中には、自尊心を保ち、自分の哲学と倫理観を確立し、宗教に頼る必要を感じない人ももちろんいると思います。
でも、中には僕と同じように、心細さを感じていたり、不安を抱いている人もいると思うんです。
そんな人はぜひ、いちど教会に行ってみることをお勧めします。
中には、あまり話を聞いてくれなさそうな牧師さんもいるかもしれません。それなら別の教会に行けばいいんです。
どの教会に行かなければいけないなんてありません。
どの教会にも、神と聖書を信じ、神の恵みに感謝している仲間たちがいます。
きっと神がふさわしいところに導いてくださるはずです。
僕のJW歴 (7)
既にこの頃には完全な不活発者になっていたので、もはやJW歴とは呼べなくなってきているのですが・・・(^^;
2年ほど大阪勤務していたのですが、途中で合弁会社に転籍させられたり、合弁が解消になったりしたあげく、結局は会社を辞めざるを得なくなりました。
そのころには実家に戻っていたので、実家から近い会社を探したところ、たまたま高校時代の同級生が働いている会社が求人を出していたので、そこに入りました。
同級生はカッティングの仕事をしていて、当初はその仕事を手伝っていたのですが、途中から総務・経理部門のほうを手伝ってほしいといわれ、異動しました。おまけに、若干25歳にして主任にしてもらいました。
従業員百数十人の給与計算から資金移動、銀行・職安・労基・社保事務所などを回っての手続きと、目が回るような忙しさでした。
ほんとうは淡々とルーチンワークをこなしていればよかったんでしょうけど、このころには仕事に没頭するようになり、朝から晩まで、時には泊まり込みで仕事するようになっていました。
そのうち、あまりの忙しさと仕事の重圧に、精神・身体共に限界が来てしまいました。
そんなころ、大阪の会社の元上司から年賀状が届きました。
「今の職場でこのまま事務仕事を続けていくより、IT企業に戻って、改めて経験を積みたい」と思い、元上司に連絡を取ったところ「ぜひ戻ってきてくれ」と言われ、大阪の会社に再入社しました。
こんどは「残業もします」と宣言しました。(^^:
こうして、IT企業の正社員としてようやく身を固めることができました。
さて、僕が大阪の会社に出戻る直前、過労でフラフラになっていたころ、父のほうもいよいよ限界に来ていたようで、ついにJWから断絶してしまいます。
もっと衝撃だったのは、母とも離婚し、家を出ていってしまったことです。
当時、僕のほかに二人、弟がいました。
僕は既に成人しており、上の弟も高校卒業目前だったとはいえ、下の弟はまだ小学校入学前だったので、父が家族を捨てて家を出て行くというのが、僕には全く理解できませんでした。
つい最近になって知ることになるのですが、離婚を切り出したのは今もJWである母だったらしいのです。
それで限界まで追い詰められてしまった父は、すべてを捨てざるを得ないと考えたらしいです。。。
とはいえ、父が出ていってしまったせいで、残された僕が母と弟の家計も支えることになってしまいました・・・
僕のJW歴 (6)
重荷になっていた父のもとを離れ、必要の大きな会衆でひとり暮らし。
希望にあふれていましたが、準備不足も否めませんでした。
仕事は、同じ会社の営業所が引越先にもあったので、引き続き新聞配達をすることに。
ただ、想定外だったのは、自転車に乗って配達するということでした。
それまではカブに乗って配ってましたから。
カブの力を借りれば、百数十部を荷台に積み上げても走れましたが、自転車ではとても無理・・・。
しかも、担当エリアが急な登り坂を含む地域で、一気に体力を消耗。
まもなく、朝がまったく起きれなくなってしまいました。
体力的にも精神的にも限界にきていたようです。
そのまま寝込んでしまい、一日中起きれなくなってしまいました。
母に連れられて精神科に受診し、軽症うつと診断されました。
職を失い、開拓も下りました。
思わぬ挫折に、目の前が真っ暗になった気分でした。。。
体力仕事に限界を感じ、手に職をつけなくてはと思いました。
再び会計事務所で働けないかと探しましたが、面接に落ちつづけました。
じつは、高校卒業後も簿記1級に何度か挑戦していたのですが、受からず、
結局2級どまりでした。
そこで発想を転換し、「せっかく2種を持ってるんだから、コンピュータ関係の仕事を
探そう」と思い立ちました。
職安で、近隣の公共機関でのPCサポートという仕事を見つけ、応募しました。
面接を受けに行ったのは、大阪・梅田の本社でした。
無事採用が決まったのですが、その後まもなく思わぬ連絡が来ました。
「公共機関の仕事、入札に落ちちゃったから、なくなっちゃった」
そんなのあり!?呆然となりました・・・。
そのまま自宅待機させられることになってしまい、どうしようと途方に暮れていましたが、
数日後、再び連絡が来て「梅田の本社で働かないか」と言われました。
京都の自宅から1時間近くの通勤時間でしたが、せっかく仕事が見つかったからと、
梅田へ通いはじめました。
結局、そのまま2年近く、梅田まで通いつづけることになるのですが・・・。
ちなみに、面接のとき、自分がエホバの証人であること、集会のある日は残業できないことを
伝えていました。
(そのおかげで、なかなか仕事が回ってこなかったことに、後に気づくわけですが)
ただ、うつのせいで朝起きて会社に向かうのも一苦労という状態で、集会に交わることに
苦痛を感じるようになります。
必要の大きな会衆で、本来は自分が会衆に仕えなければいけないのに、いまや自分が
「必要の大きな人」になってしまったわけですから・・・。
結局、実家に戻ってきましたが、また驚きの展開が。
僕の家族が、いつのまにか隣の会衆に移っていたのです。
僕がまだ実家にいた当時に、分会(会衆の分割)があったのですが、片方の区域には
長老がひとりも住んでおらず、父もベテラン長老も、ふたりとも越境していたのです。
ところが、前の記事に書いていたとおり、父がベテラン長老と深刻な対立をしてしまい、
「越境を解消して地元に戻る!」と言い出したのです。
ということで、僕の家族は地元の会衆(僕にとっては、元いた会衆の隣の会衆)に
交わることになりました。
会衆を移る際、長老職が自動的に付いて回るわけではありません。
元いた会衆の長老団からの推薦状が必要なのです。
ところが、ベテラン長老はどうもその推薦状を書かなかったらしく、父は地元の会衆で
長老ではなく、ただの一兄弟になってしまいました。
このころから、父は組織に対する不信感を深め、集会にも行かなくなってしまいます。
一方、僕はうつで他人と接触するのに疲れ、しかも慣れ親しんでいた元いた会衆ではなく
地元とはいえ、あまり面識ない人ばかりの会衆に交わることになり、集会への足が
遠のいていきます。
(父のこともあったのですが、当時の僕は自分のことで精一杯で、父のことをあまり深く
考えるだけの気力はありませんでした・・・)
僕のJW歴 (5)
いろいろありましたが、商業高校をなんとか卒業しました。
高校時代の思い出はいろいろあるのですが、今の自分と特に関係あるのが
情報実習室に置いてあったWindows PCとの出会いでした。
僕が入った学科のカリキュラムでは、情報処理の授業は2年と3年に週2時間。
DOSでCOBOLをちょこちょこいじっておしまいという、なんとも時代遅れな内容でした。
僕が最初に学校のPCを触ったのは、販売実習1年目のときでした。
売り子に立つのが嫌だった僕はバックヤード(経理)を選択。
「電卓で手計算なんてありえへん!パソコンで計算できるやろ」と思った僕は、
情報実習室のPCに入ってるLotus 1-2-3で売り上げ集計をやりました。
ワープロ専用機の表計算機能しか知らなかったので、もちろん独学です。
2年目の販売実習も、やはり経理に。
「串刺し演算がやりたい!」と言うと「Excelならできるで」と教えてもらい、
普通は情報処理科の生徒しか使わないWindowsの実習室に入りました。
その後、放課後はWindows・Excelのお勉強に夢中になりました(w
当時、父が会衆で会計の仕事をしており、宗教法人会計のためにB/Sを
作らないといけないということで、Excelで月次計算表を作りました。
その後しばらくして、父と一緒に日本橋へ行き、中古PCを買いました。
Panasonicの一体型PC WOODYが69,800円でした。
それから僕はどんどんPCにのめりこんでいき、現在に至るわけです。。。(w
さて、話を戻します。
卒業と同時に、既定路線通り、正規開拓者になりました。
中学の時も、高校の時も、先生方には「大学に進学しないのか」と度々勧めていただいていたのですが
「宣教者になる」という夢に向かって一直線だった僕の耳には全然届きませんでした。。。
後に、就職活動で壁にぶつかって初めて、学歴というものの大きさに気づいたわけですが。
仕事のほうは、パートで会計事務所へ(週3日)。
JWで鍛えた度胸を生かし、近隣の会計事務所十数件へ飛び込み(^^;
小さな事務所で、のんびり仕事できる環境だったのですが、
なぜか仕事に対する欲が出てきちゃいました(^^;
当時、事務所にあったのは百数十万もするという専用機(オフコン)。
専用OS+専用ソフトだからという理由で、PCよりはるかに劣るスペックのマシンが
こんな高い値段で売られているのか!?と思いました。
(今だから分かることですが、まだ当時(1996年)はWindowsも発展途上で、
会計ソフトなど業務ソフトのWindows化はまだまだ進んでなかったんですよね・・・)
で、ご高齢の所長さんにPC導入を主張するのですが、まったく理解してもらえず、
「こりゃ話にならんわ」と思った僕は、たった1年で会計事務所を辞めちゃいます(^^;;
その後、新聞配達をしながら、車の免許を取りました。
奉仕の僕に任命されたのも、このころだったと思います。
当時は同じ会衆に若い兄弟たちがたくさんいて、たしか奉仕の僕が7,8人いたような・・・
ただ、長老の息子ということで他の若い兄弟からマークされていたのはあるかもしれません。
当時、会衆内に長老はふたりだけ。
もうひとりの長老は超ベテランの兄弟で、巡回大会でも毎回話をするような人でした。
それだけに、昔から目をかけてきた若い兄弟たちには少々甘いところがありました。
そこを鋭く突っ込んでいったのが我が父。
長老間の関係がややこしくなっていき、長老の息子である僕は非常に居心地が悪くなりました・・・
もともと義に過ぎる傾向があり、家族に対しても自分の考えを押しつける傾向のあった父に対して
反発を感じていた僕は、必要の大きな会衆へ移ろうと決心します。
移った会衆は、中学まで僕が在籍していた会衆の、隣の会衆。
いわばふるさとに戻った格好でした。
僕のJW歴 (3)
小6でバプテスマを受けた僕。
中学校に入ってから、そんな僕に転機がやってきます。
担任の先生は20代前半のまだ若い先生だったのですが、僕のことを評価してくれました。
先生に背中を押される形で、僕もクラス内で積極的に発言するようになりました。
小学校時代はいじめられっ子で「自分はだれからも理解されない、自分は孤独だ」と思って
いましたが、自分を理解してくれる人がいわゆる「この世」の中に現れたということで、
自分の「この世」に対する見方が少し変わったような気がします。
もうひとつの転機、それは初恋でした。
バレンタインの日、机の中にチョコレートが入っていたのです。
その子は、クラスでも1,2を争うくらい頭が良く、習字もやっていて字がきれいで、
歌も絵もうまい、とても多才な子でした。ヴァイオリンを習っているとのことでした。
容貌はちょっと変わっていましたが。びん底のような太いめがねをかけ、片方の目は
寄っていました。(後にそれが義眼だったと知るのですが・・・)
運動もとても苦手でした。
でも、僕は彼女に惹かれました。
そのうち、僕は彼女とお互いの気持ちを確かめ合い、つきあい始めました。
つきあうといっても、手をつなぐこともなく、彼女を家まで送るくらいなものでしたが・・・
僕にとって大きな葛藤が生じます。
JWとして、JWでない女の子との交際は許されていません。
僕は彼女に、なんとか聖書を勉強させようとしました。
結局、彼女は僕の求めには応じませんでした。。。
その後、僕と彼女との関係は突然、終わりを迎えます。
僕が引っ越すことになり、転校してしまったのです。。。
あけましておめでとうございます
昨夜は深夜まで仕事で、くたびれて寝てしまいましたが、なぜかこんな時間に目が覚めてしまいました…(^^ゞ
というわけで、あらためて A Happy New Year !! 
今年もよろしくお願いいたします。
…と、新年を祝うことを禁じられてきた20数年…
正月は複雑な気分でしたね。
晴れがましいような、でも祝っちゃいけないから奥歯にモノがはさまったような挨拶しかできなかったり…
今はわだかまりなく、素直な気持ちで、会う人と共に新しい年の門出を祝い、挨拶できることが嬉しいです。









