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2010年一覧

2010年を振り返って

今年は、まさに激動の一年でした。
どん底を経て、新生活の一歩を踏み出すことができました。
今になってようやく、自分が経験してきた試練にも意味があったのだと思えるようになりました。
そして、神様の恵みと導きとを体験することができました。
おかげさまで、現在の仕事も順調です。
教会にも毎週通うことができ、アドベントからクリスマスまで、充実した日々を過ごしました。
まだまだ自分の生活を立て直すのに必死ですが、来年はぼちぼち新しいステップに踏み出したいなと思っています。
いつかオフ会もやりたいし。
今夜は友人の誘いで、都島教会で年越し礼拝にあずかります。
そして明日は、宇治バプテスト教会の元旦礼拝に出席します。
宇治バプテスト教会は、僕が2年前に初めて訪ねた教会で、僕にとっての心の故郷です。
二日は地元の教会に戻って、2011年最初の聖日礼拝と聖餐式にあずかります。
皆様も、よいお年をお迎えくださいませ!!


僕は今、幸せです☆

Twitter にも書きましたが・・・
僕の元マイミクが僕のことを「哀れに思う」とおっしゃっているようですが、同情には及びません。
貴方も僕も、神様からどれほど慰められ、恵みに満たしていただいたことでしょう。
僕のような取るに足らない者をお救いくださった神様にただ感謝し、これからも賛美しつづけます。
そして、貴方のためにも祈ります。
僕が世界で一番悲劇の主人公かのように思ったことなどありません。
僕に与えられた試練など、小さなものです。
そして、神様は僕に、試練を乗り越える力を与えてくださいました。
今は、救われた喜びと幸せをかみしめています。

でも、かつては絶望の淵に立たされ、死にいざなわれたことも事実です。
そして、現に今、僕と同じようなつらい思いをしている2世が大勢います。
だから僕は元エホバの証人として、希望将来があることを、声を大にして伝え続けたい。
それが、罪深き自分を救われた主が、僕に与えられた任務だと思っています。
僕は、自分が「」エホバの証人であることに誇りを持っています。
そして、今も組織の中にいる家族や友人のために祈り続けます。
組織がなくならない限り、僕にとってエホバの証人は「過去」となり得ません。

主に与えられ、主に返す

日付が変わっちゃいましたが、いろんなことが重なって、寝付けずにいます。
嬉しいことがいくつも・・・こんなに恵みをいただいて、神様いいのでしょうか?という思いです。
新しい勤務先に入ってまだ一週間なのですが、非常に評価いただいて、恐縮しています。
どんどん仕事を任せていただけそう・・・
消化しきれへんのちゃうか?と、ちょっと不安になるくらい。
もちろんそこは抱え込まず、早めに相談するつもりではいますが。
そして、先に書いた、弟からの応援メール。
母に電話で突き放されたことで、正直言ってかなり凹んでいたので、本当に力づけられ、慰められました。
もうひとつ、とあるライブにご招待いただきまして。
ライブなんてほとんど行ったことがないのですが、生演奏を間近で拝見し、そのうえキリストの愛についての熱いメッセージを聞き、大いに心を動かされました。
トップアーティストたちが自分の才能を存分に発揮して主を賛美しているのを目にするのは、本当にすばらしいものです!
感動と興奮で、なかなか寝付けそうもありません。
主にたくさんの感謝を!!ハレルヤ!!!!
今年もあとわずかですが、激動の一年でした。
多くのものを失い、手放しました。
そして主は、多くのものを与えてくださいました。
人の評価はうつろいゆくものです。
でも、主の愛は限りなく、決して絶えることなく、わたしたちすべてに与えてくださっています。
与えてくださった愛に、お返ししたい。
もちろん無理はせず、自分にできることの最善をもって。


弟よ

僕には愛する弟が二人います。
次男は26歳。
今はJWとは無縁の生活。実家の近くに家を建て、パパとして頑張っています。
三男は中3。
小6でバプテスマを受け、母の期待を一身に背負ってるのでしょう。
前回記事に書いたとおり、母から連絡をよこすなと申し渡されてしまったので、三男の現状を知るすべはありません。
さっき、次男がメールをくれました。
「職場復帰おめでとう!無理せんとやりや!」
嬉しくて嬉しくて、うるっときちゃいました。
三男は通信制高校に進むらしいです。
アスペルガーらしいので、全日制高校は無理でしょうから、仕方ないですね…。
愛する弟たちが頑張ってるように、僕も頑張ろうと思います。


それでも私は愛し続けます

昨夜ツイートしましたが・・・
11月から新しい勤務先が決まり、電話で母に報告しました。
母や弟の近況、来月の沖縄行きなど、いろいろ聞きたかったですし、私からも伝えたいことがあったのですが、
いらだった口調で、「重要なことがあったとき以外、電話してこないで!」と言われてしまいました。
やはり母にとっては、JW組織を捨てた背教者の息子は「関わらざるべき者」なんですね。
とてもやりきれない、悲しい思いになりました・・・。
でも、だからといって恨みや憎しみの感情に飲み込まれてしまってはいけないと思うんです。
それこそ「悪に悪を返す」こと。(テサロニケ第一 5:15)
主が私のうちにいてくださるのだから、私が平安を失ったり悩む理由はない。
真のクリスチャンとして、これからも「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことについて感謝」していたいです。(テサロニケ第一 5:16-18)
私の母や弟に対する愛は、これからも変わりません。
ふたりがいつも健康でいられるよう、主がこれからも守り、導いてくださるよう、祈り続けます。


フランクリン・グラハム大会

行ってきました。
フランクリン・グラハム個人に対しては、良い印象を持っていません。
2006年、沖縄でフランクリン・グラハム国際大会が開かれた際、反対声明が出されました。
http://henoko.jp/info/20061031graham.html

村上 密 Blog : ビリー・グラハム
http://maranatha.exblog.jp/13014788/
しかし、関西のクリスチャンが一同に会し、共に賛美する、このような場はめったにないことでしょう。
阪神のマートン選手の証も聞くことができました。
とても感動しました。


Twitter にハマり中 (^^;

脈絡もなく思いついたことをつぶやくスタイルが身に着いちゃって、ブログの更新がしばらく滞りそうです。(^^;
分類ごとにまとめて投稿しようとは思っているのですが・・・


晴れるや先生のブログより

ですから、私たちは勇気を失いません!

http://ameblo.jp/jesusno1/entry-10669325625.html

今もがんと闘病されている、晴れるや先生。
先生の生きざまが、まさに大きな証しとなっています。
ローマ8:31~39 と Ⅱコリント4:11~18
何度も読み返したい聖句です。

いつか自分が死の床についたとき、「外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされる」と言えるようになりたいと思います。
神のみ手に抱かれて、神のもとに招かれる日の近づいたことを喜びたいと思います。
その日が来るまで、今しばらくは神が与えてくださった命という賜物をフル活用して、「世の光」として輝きたいです!


怒りを捨て去る

多くの2世は、自分の人生を自分で選ぶことを禁じられ、感情を否定され、存在さえも否定されてきました。
それでも愛する親だから・・・いや、愛なんて失ってしまっても、生きていくには親に依存せざるを得ず、自分の感情を内に秘めてきた人が多いのではないかと思います。
でも、思いは言葉にしなきゃ伝わりません。
自分がいかにつらい思いをしているか、どれほど自尊心を傷つけられ、生きる気力を失っているか、親にはっきり訴える必要があると思います。
訴えたからといって、親がすぐに変化することは難しいでしょう。
でも、あきらめずにボールを投げ続けていくことによって、親の反応も変化していくかもしれません。
なにより大切なのは、怒りや悲しみを内に秘めたままにせず、吐き出すことです。
そうすることにより、「怒りを捨て去り」、新たな人生に向かって歩みを進めていくことができます。
2世の皆さん、親と一度話をする場を設けたほうがいいと思います。
自分がどんな気持ちを抱いていて、なぜつらいのか、率直に訴えたほうがいいと思います。
なお、どうしても親が変わらない場合・・・
第三者が介入する方法もあります。


母に電話

4ヶ月ぶりに母に電話をかけてみた。
留守電になったが、折り返し電話がかかってきた。
5分ほど話した。
少しでも母を安心させたかった。
母の心の内は分からない。
でも、声を聞いて少し安心した。
沖縄の祖母も元気とのこと。
ほんまによかった。


父への怒り

子供のころ受け続けた虐待の傷は、なかなか癒えない。
父にどなられ、殴られ、絶え間なく精神的に追い詰められたトラウマは、そう簡単に消えない。
父が母や弟を捨てて家を出て行き、別の女と一緒になったとき、父への憎悪は頂点に達した。
でも、怒りや憎しみは周囲の人々を傷つけ、自らを蝕んでいく。
僕自身、怒りに振り回されて生きることに疲れた。
自分も結婚し、少しは父に感情移入できるようにもなった。
7年間、音信不通だった父と再会した。
還暦が近づいた父は、すっかり老いぼれていた。
哀れでさえあった。
そんな父が、自らの非業を悔いることなく未だに被害者面していることに、怒りを通り越してあきれ果ててしまった。
父の改心を期待した僕がバカだったと思い知らされた。
父のことは神にゆだねようと心に決めた。
父への尊敬を失ったわけじゃない。
父らしくしてほしいという期待もある。
期待するからこそ、父親としての責任から逃げ続ける父に対する怒りを覚える。
でも、かたくなな心が砕かれるのは簡単なことじゃない。
父が変わろうとしない限り、あるいは神のみ手が父に及ばない限り、父は変わらないだろう。
だから、父への怒りがこみ上げるたびに、僕は祈る。
「神よ、父のことはあなたにゆだねます。僕が善をもって悪に打ち勝てるよう、僕に力を与えてください」


父と母(2)

幼いころを思い返すと、親が自分のことをなかなか理解できず悩んでいた様子を、子供ながらに感じていたように思います。
母曰く、幼いころADHDだったことも関連があるかもしれません。
母はよく「会話するときに目が合わない」と言いました。
中学に入ったころには目を見て話せるようになってましたが・・・。
父も、僕の「男らしくない」性格を理解できず、悩んでいたようです。
戦隊物とか、全く興味がありませんでした。
父と一緒に公園に行っても、ボール遊びより花を見てるほうが好きでした。
友達とけんかして泣いて家に帰ったとき、まだJWになる前の父は「やり返してこい!」と言いましたが、僕は拒否したらしいです。
親が自分と接するときに戸惑っている様子を子供ながらに感じていた僕は、親の期待に過度にこたえようとする傾向が働き、“優等生”でなければというプレッシャーにつながったように思います。
弟が生まれたことにより、さらに“兄”という肩書きが加わりました。
また、親もJWの活動に多忙な日々を送るようになったため、コミュニケーションはさらに希薄になっていき、強い孤独感を覚えるようになりました。
精神的に常に背伸びし、“小さな大人”と呼ばれてました。
やはり無理をしてたんでしょうね。
僕が大人になる過程は、“小さな大人”から“ふつうの大人”になっていく過程でした。
小さいころからさんざん「協調性がない」と言われていた僕が“ふつうの大人”になっていこうとすることは、“妥協”の連続でもあったかもしれません。
そして、うつで倒れ、JWの“出世街道”から落伍した時が、人生の転換点になりました。
それでも、JWと決別することは考えられませんでした。
僕が寝込んでいた間、母は毎日のように僕の下宿まで来てくれました。
何十kmもの道のりを、時には日に2回来てくれることさえありました。
そんな母の支えがなければ、僕は自殺していたかもしれません。
母にはいくら感謝しても足りません。
そんな母の「JWに戻ってきてほしい」という願いに、僕はこたえることはできませんでした・・・。
僕が背教者となったことで、母がどれほど心を痛めているかを思うと、とてもつらいです。
でも、自分の良心を偽ってJWにとどまることはできませんでした。
いつか母が、僕の信仰を理解してくれる日が来ることを願っています。


父と母

「JW2世」といっても、いろんな2世がいます。
母はJWだけど、父は未信者のパターンが多いですね。
その父も、反対者の場合と理解者の場合。
一方、両親ともにJW(いわゆる「神権家族」)の場合。
いずれの場合にせよ、両親の夫婦関係や、子供に対する接し方が、2世の心に大きな影響を与えるように思います。
僕の場合、父が反対者だった時代 → 両親共にバプテスマ → 父が長老になるも、会衆内でトラブルを多発させ母が苦悩・・・というプロセスを経てきました。
6歳まで一人っ子だった僕は、母親べったりでした。
母は沖縄出身で、中学卒業と共にパスポートを持って内地へ。
全寮制の定時制高校に入り、昼間は働き、夜は仕事をしていました。
そんな母は標準語を話していたため、僕が話すのも標準語。よく友達に「おまえは関東の子か?」と言われたものですw
次男が小さいころからバリバリの関西弁を話していた影響を受けて、母や僕まで関西弁に染まっていくのですが・・・w
母から、小さいころの話をよく聞かされていたおかげで、一度も行ったことがない沖縄に対して強い愛着を抱くようになりました。
また、戦争や平和について強く意識するようになったのも、母の影響が強いような気がします。
母の兄姉が、対馬丸に乗って亡くなった話。
母方の祖父が、不発弾が暴発して亡くなった話。
母が父と口論しては母が涙するのを度々目撃してきた僕は幼いころから「母を守らなきゃ」という思いが強かったように思います。
弟が生まれてから、僕はすっかり変わりました。
母にべったりだったのが一転しました。
兄として、しっかりしなきゃという意識を強く持っていました。
母と違い、父が幼少期について話すことはめったにありませんでした。
父にとっては思い出したくないことが多かったのでしょう。
父が好きな本は「巌窟王」だと言っていました。
今にして思えば、父の生きる力となってきたのは強い復讐心だったのだろうかと思います。
たまに実家に行っても、父と祖父が口論するのが常でした。
祖父からかわいがられた記憶もありません。
祖父と父とに共通していたこと。
自分の気が済むまで、夜中になろうが延々と話を続けること。
そして、自分の考えを押しつけてくることでした。
父が母と一緒にバプテスマを受け、父からの反対がなくなったのはうれしいことでした。
でも、父の高圧的な態度は、JWになってからも変わりませんでした。
父に対する強い反発心を抱きつつも、面と向かって反抗することもできず、「自分がJWとして自立すること」に関心が向いていったような気がします。
結果的にはそれが、親に依存しない僕自身の信仰を培うことにつながっていったのかなと思います。
バリバリ仕事をこなし、会衆でも精力的に働く父。
力でも論理でもかなわないと思っていた父。
そんな父を越えたいという思いが、自分の行動に大きな影響を及ぼしていたような気がします。
両親が離婚し、父が小学校入学前の三男を見捨てて家を出たとき、父に対する怒りを抑えられませんでした。
父から電話がかかってきましたが、「地獄に落ちろ!」と吐き捨てて電話を切りました。
一年後、友人と車に乗っていたとき、たまたま父が乗った車をみかけました。
やつれた父を見て、「父もこの一年、苦悩してきたのだろうか」と思いました。
それから数年。
正社員になり、会社での評価も得、結婚。
ひとりの社会人として自立できるようになったという自信が、父に対する感情を変えていきました。
その後、父と再会しましたが、今なお被害者意識にとらわれている父を見て、哀れに思えました。
自分は過去の奴隷じゃない。
親からの影響はあるにせよ、自分の人生は、自分で選んできたもの。
これからの人生も、自分で選んでいく。
そう思えるようになったとき、自分の心に長い間巣くってきた闇が晴れていったように感じました。
今も、JWや親に対する怒りを抑えられない2世は多いと思います。
心がいやされる過程には人それぞれ違いがあり、要する時間も違うことでしょう。
しかし、いつまでも怒りの犠牲でいることを許してしまったら、トラウマから解放される道を自分で閉ざしてしまうことになると思います。
怒りを乗り越え、愛をもって怒りを征服するとき、心のいやしと真の自由への道が開けていくと思います。


「私はどんなことにも支配されはしません」

昨日の House of Praise。


コリント第一 6:12

すべてのことは私には許されたことです。
しかし、すべてが益になるわけではありません。
私にはすべてのことが許されています。
しかし、私はどんなことにも支配されはしません。

すべてのことは私には許されたことです。
人は神から「自由意志」を与えられている。
今の自分は、自分が今まで選択してきたことの結果。
物事に対してどう反応するかも、自分の選択次第。
どんな感情を表すかも、自分で選んでいる。
感情は、自分で制御不可能なものではない。
しかし、すべてが益になるわけではありません。
益をもたらすどころか害となる選択もある。
自分で選べないものもある。
国籍・性別・両親。
人は誰しも、程度の差はあれ、選べなかった環境の犠牲者である。
しかし、人は皆「神の作品」である!
存在そのものに価値がある。
たとえ自分が無価値に思えるとしても・・・

ペテロ第二2:19
人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです。

過去に対する怒りや恨みを抱えている限り、過去の奴隷である!
しかし、私はどんなことにも支配されはしません。
パウロのように、自分が過去の奴隷となることを断固拒否すべき!
心に深い傷を負っている人ほど、自己中心に陥りやすい。
しかし、唯一、わたしたちが奴隷となることが益となる選択がある。
ペテロ第一2:16
あなたがたは自由人として行動しなさい。
その自由を、悪の口実に用いないで、神の奴隷として用いなさい。


サウル王の聖化

ひさびさに、地元の教会の聖書研究祈祷会に行ってきました。
(普段は水曜の夜に開かれているのですが、今週はたまたま木曜に振り替えになってたもので・・・)
読んだ箇所はサムエル記第一10・11章。
イスラエルの初代王としてサウルが任命され、アンモン人を撃破するという場面です。
サウルといえば、竪琴を弾くダビデに槍を投げつけ、執拗に追い回すほどの激しい嫉妬と殺意を示した「聖霊を取り去られた」後のイメージが強いのですが、サムエルによって油そそがれた当時のサウルは、とても謙遜で控えめな青年でした。
サウルに聖霊が下ると、「神はサウルの心を変えて新しくされた」(10:9)とあります。

ちなみに・・・
新世界訳だと、「神は彼の心を別の[心]に変えはじめられた」となっています。意味不明ですよねぇ。


聖化され、王としてふさわしく生まれ変わったサウルはイスラエルの軍勢を率いて、ヤベシュ・ギレアデに侵攻してきたアンモン人を撃破します。
新世界訳では読み取れなかった箇所、とても新鮮でした。


不従順

従順」という言葉、嫌いです。
僕が小学生だった頃、親から頭ごなしに怒られるのがしょっちゅうでした。
自分の意志も良心も感情も黙殺され、親の良心や価値基準を押し付けられるのが耐えられなかった。
はやく大人になりたかった。はやく一人前と認められて、自分の良心を尊重してもらえることを求めていた。
だから、小6でバプテスマを受けた。
でも、状況は変わらなかった。
僕が高校生になっても、父は相変わらず頭ごなしに父の価値基準を振りかざしてきた。
怒りが限界に来ていた僕は、猛然と父に反抗した。
父は狼狽していた。でも、僕の心の叫びを理解できなかった。
成人し、奉仕の僕に任命されても、やはり父は自分のものさしを僕に押しつけてきた。
もはや、僕は疲れ果てていた。心は完全に折れていた。
そして…親元を離れ、ようやく父の束縛から自由になった時、溜まっていた膿があふれ出すかのように、僕は鬱の大波に飲み込まれていった…
僕の心は金属疲労を起こしていた。
あとに残ったのは…権威に対する嫌悪。従順に対する嫌悪。
自分を認めてもらわないと気が済まない、自分の意志に反する要求に対して過敏に反抗する、インナーチャイルド。
そのことに、ようやく気づきました。
心の傷を負ったことは仕方ないとはいえ、いつしか僕の心に深く根を張っていた「高慢」という罠に、僕は自ら捕らわれ、もがいていました。
職場でも、自分の納得できない要求に堪えられず、反発することがしばしばありました。
イエスの「わたしのくびきを負いなさい。わたしがあなたをさわやかにしてあげましょう」(マタイ11:28,29)という招きの意味を、実は理解できていませんでした。
イエスは、ありのままの僕を受け止めてくださる。
イエスが僕の心の傷をいやしてくださることを信じ、イエスに従う道を歩むとき、さわやかさを経験できる。
そのことを悟ったとき、心の重荷が、すぅーっと軽くなったように感じました。


House of Praise 6/23

Cafe 「Proverbs 15:17」では、毎週水曜の晩、東京の「KICK BACK CAFE」で開催されている「House of Praise」をインターネット中継しています。
http://www.marre.jp/church.html
「House of Praise」でのメッセージは、今の僕がまさに必要としていたメッセージでした。
今日、僕は主の導きを確かに感じました。
扱われた聖句は2つ。
Ⅱコリ4:16-18と、ローマ5:3,4。
Ⅱコリ4:16-18
ですから、わたしたちは勇気を失いません。たといわたしたちの「外なる人」は衰えても、内なる人」は日々新たにされています
今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

わたしたちは見えるものではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

人はだれしも年老いていき、衰えていきます。
病にかかり、やがては死にます。
エントロピー第二の法則を、誰も止めることはできません。
しかし、肉体=「外なる人」は衰えていくとしても、「内なる人」=わたしたちの心、霊的な部分は老いません。永遠に永続するのです。
だから、わたしたちは勇気を失うことはありません

パウロの受けた患難がどれほどのものであったかは、Ⅱコリ11:23-27にあるとおりです。
わたしたちが、パウロが受けたほどの患難に遭遇することは、まずないでしょう。
しかし、それほどの患難に遭遇したパウロが、「軽い」患難と表現しています。
永遠の栄光に比べれば、患難は一時の、軽いものなのです。
ローマ5:3,4
そればかりでなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を、練られた品性が希望を生み出すということを知っているからです。
パウロのように、わたしたちも患難=試練に遭うことを喜ぶべきです。
試練に遭わなければ、忍耐を培うことはできません。
そして、忍耐が練られた品性を、練られた品性が希望を生み出します。
どんなに絶望的と思える状況でも揺るがない、確固とした希望です。
その希望があれば、人生に勝利することができるのです。
このメッセージを受けて、僕は祈らずにはいられませんでした。
--------------------------------
イエスよ、今日、あなたは確かに私のうちに入ってくださいました。
あなたが導いてくださったことを感謝します。
今日のメッセージは、今の僕にとってまさに必要なものでした。
Ⅱコリ4:16-18にあるように、僕は「外なる人」の衰えを痛感します。
また、パウロの遭った患難に比べるもないですが、ここ数ヶ月は僕にとって人生最大の患難の連続でした。
しかし、「測り知れない、重い永遠の栄光」に比べれば、たしかに「今の時の患難は」「軽い」です。
そして、あなたが僕のうちにいてくださるゆえに、「内なる人は日々新たにされている」のを確かに感じています。
ですから、僕はもはや「勇気を失いません」。
なんと幸いなるかな!ハレルヤ!
ローマ5:3,4にあるように、「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出す」ことを知りましたので、僕に与えていただいた患難を感謝し、喜びます。
今回経験してきた患難を通して、たしかに僕は忍耐を培わせていただくことができました。
その忍耐が、練られた品性を生み出しますように。
そして僕のうちに、確固たる希望を置いてください。
僕が希望にあふれた人間となり、希望を反映させる、希望を分かち合えるよう、僕を整えてください。
主イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン。


Proverbs 15:17

タイトルは店の名前。そのまんま、聖句ですw
「野菜を食べて互に愛するのは、肥えた牛を食べて互に憎しむのにまさる」
京都・百万遍にあるカフェです。
http://www.proverbs1517.com/
オーナーが石井希尚牧師なんです。
これから行ってきます!
じつは先週も来まして、今日は2回目なんですけどね。


追憶

最近、あるブロガーさんからメールをいただきまして、元々同じ会衆に交わっていたことを知りました。
いやあ、世間って、案外狭いものですね。
JWだったころの自分の記憶が、どんどん消えつつあるんですが、かすかに残っている記憶を、つらつらと並べてみようかと思います。
元々うちの家族が交わっていた会衆は、京都市最北端の会衆です。
僕の母が研究を始める直前に分会したらしいのですが、その後ももうひとつの会衆と同じ王国会館を使っていました。
府立大学よりちょっと南の、肉屋さんの上でした。
その後、上賀茂神社より北の、柊野というところに王国会館は移転します。
2つのテナントを借り、間の壁を壊す作業を兄弟たちがほこりまみれになってやっておられました・・・。
会衆の区域は、北大路通りより北。賀茂川と高野川にはさまれたエリア。
上賀茂神社周辺はもちろん、国際会館周辺や、鞍馬・貴船も伝道してました。
僕が中2のとき、家族で引っ越しました。
京都府最南端に近い町。
こちらは3つの町が区域でした。
ほどなくして分会しましたが・・・
同志社のキャンパスが区域内だったので、学生マンションが多かったですね。
20歳のとき、「必要の大きな会衆へ」移動するという名目で、実家を出てひとり暮らしを始めました。
移動した先は、元々交わっていた会衆の、分会したもう一方の会衆でした。
奉仕区域は、こんどは北大路通りより南。
下鴨神社などを含む区域でした。
ほどなくして、4会衆が共同でビルを購入し、王国会館に改装しました。
僕は鬱で寝込んでたので、ほとんど手伝った覚えはありません・・・(^^;
ちなみにその王国会館は、ラーメン「天下一品」本店のすぐ近くにありますw


レイモンド・フランズ氏 死去

元エホバの証人で、特にその中枢である「統治体」の一員であった、レイモンド・フランズ氏が、2010年6月2日に亡くなられました。
http://www.freeminds.org/

*訳*
レイモンド・ビクター・フランズは頭蓋骨損傷(頭部損傷)による重度の脳内出血によりジョージア州ウィンストンで亡くなりました。1922年にエホバの証人の家族に生まれ、1939年にレイはバプテスマを受け、巡回監督、宣教者、最終的には1971年から1980年まで統治体のメンバーの一人として奉仕しました。
将来を左右する決断と行動が求められた時、レイは1980年4月にその指導的立場から身を引きました。それは統治体の成員として行動する事がもはや彼の良心が許さなかったからです。その後彼は「良心の危機」及び「クリスチャンの自由を求めて(仮)[In search of Christian Freedom(原題)]」という2冊の本を執筆し、その中で彼は聖書の言葉と彼自身の経験をもとにしエホバの証人の教理と共にエホバの証人が抱える主要な問題点を明らかにしました。それらの本は多くのエホバの証人たちが彼らの(エホバの証人の)信条と指導的立場にある機関の決定と行動を正直に見直す為に大いに役立ちました。
エホバの証人をやめた後、レイは好奇心から生まれる質問等にも継続的に返答していきました。彼は多くの人が謙遜と学術的な知識を通じて神に仕える為のそれぞれの道を見出す事が出来る様に助けたのです。レイは一つのグループを指導する、またはその為に行動する事などに全く興味を示しませんでした。彼が唯一関心を持っていたのは、人間が作り出す行動方針からもたらされる個人の生活への介入からの自由、人への恐れからの自由、そしてクリーンな良心を持って他の人々が神を崇拝する事が出来るようになる事、それだけでした。
レイは一般的に紳士として、そして知識が豊富であり、何より聖書とイエス・キリストを愛する人として一般的に知られていました。彼は自身の行動力と聖句の力からイエスについて他の人々が知る事が出来る様に自分の人生の全てを捧げてきました。全ての人に対し正直で誠実でありたいという願いゆえの彼の愛と謙遜さと共にその勇気ある正直さは後年において彼を定義するものとなり、それは永遠の遺産として語り継がれていくでしょう。
存命中、そしてその死後も彼は大袈裟なお世辞等を嫌った事、そして彼の遺志にも沿ってレイは自身の葬式、追悼式等を執り行わない事を選択しました。1958年に結婚したレイは献身的な妻であるシンシアを残してその生涯を閉じたのです。
*訳終わり*
彼の著書である「良心の危機」と「クリスチャンの自由を求めて(In Search of Christian Freedom)」は、多くのエホバの証人を「目ざめ」させるものとなりました。
私自身、「良心の危機」を読んで、統治体が聖書に基づいてではなく、単に自分たちの伝統に従って物事を決め、信者たちを縛ってきたことを知り、衝撃を受けました。
http://ameblo.jp/exjw/entry-10307896445.html
彼が亡くなっても、彼の残したメッセージはこれからも、エホバの証人を、真のクリスチャンの自由へ導くものとなるはずです。


WatchTower Library 2009 Mobile

数年前、WILLCOM の ad [es] を買いました。
動作があまりにもっさりしていて、画面も小さすぎて、結局使わずじまいで机の中にしまい込んでました。
今年のWatchTower Library に Mobile 版 が入っていたことをふと思い出し、「そういや、Windows Mobile 持ってるんやからインストールしてみようぴかぴか(新しい)」と思い立ち、さっそく入れてみました。
こんなかんじ。
Seeker-WTL起動画面
Seeker-WTLメイン画面
これで、どこでも個人研究ができる!(するかっちゅーねん!ウッシッシwww)
ちなみに、WILLCOMは解約済みなので、電話・メール機能は使えません。


僕にとっての、「エホバの証人」の2つの側面

去る5月10日、僕は大阪市緑橋会衆の長老団にメールを送り、エホバの証人から断絶する旨を伝えました。
名実共に僕はエホバの証人を脱退しました。
いま、僕は自分の思いと決意を、ここに記します。
物心ついた頃からエホバの証人であった両親に育てられ、エホバの証人の会衆に交わってきた僕にとって、「エホバの証人」とは文字通り家族・親族、そして数多くの兄弟姉妹たちです。
両親や弟、親戚。
まだ幼かった僕を我が子のようにかわいがってくださった年配の姉妹たち、
一緒に伝道やスポーツをしてきた兄弟姉妹たち、
そして僕が大会で経験を話した時や演壇に立って講演をしていたときにそれを聴いていた聴衆。
特に京都地域には、僕をよく知る兄弟姉妹がたくさんいます。
それら兄弟姉妹に対する僕の思いは尽きることがありません。今も、そしてこれからも、家族や親族を、そして兄弟姉妹たちを、僕は愛してやみません。
一方、主の導きによって目を開かれて知った、もうひとつの「エホバの証人」組織の側面。
それは、キリストが神であられることを否認し、聖霊の人格を、そして聖霊がクリスチャンひとりひとりに内在してくださることを否定する、まさに福音と神の恵みを否認する「反キリスト」。
巧妙なマインドコントロールで信者の思考を操り、「統治体」とものみの塔協会の出版物だけが唯一の神からの導きであるかのように欺き、度重なる教理の誤謬や戒律の変更を「増し加わる光」と錯覚させ、数多くの人々の人生を狂わせてきた、強大なカルト集団。
取るに足らない存在である僕を、その闇の中から救い出し、真理の光のもとへ導いてくださった主の類まれな愛と驚くべきみ業を思うとき、僕はただ黙ってじっとしているわけにはいかないのです。
パウロがコリント第一9:16で述べたとおり、「もし福音を宣べ伝えなかったなら、私はわざわい」です。僕は語るのをやめるわけにはいきません。
これからも、エホバの証人がカルトであり、神と福音を正しく理解していないことを、僕は証ししていきます。


鍵返還

4年間住んでいた公団の部屋の鍵を返してきました。
実家を出て、ここに引っ越してきた4年前。
それからいろんなことがありました・・・
たくさんの思い出があります。
ワンルームに引っ越して、再出発です。
今日の青く晴れた空のように、新しい未来に向かって・・・


うちに伝道に来られましたw

昼下がり、旧宅と行ったり来たりしてる最中…
ピンポーン。
インターホンに出ると、「わたしはクリスチャンのボランティアで…」とかいう、恒例の意味不明な自己紹介。
「雑誌をお渡ししています」とおっしゃるので、たぶん既に手元にあるやつやろな、と思いながら、「入れといてください」と言っときましたw
そしたら…
こんなブロシュアーが。
Seeker
2001年発行らしいですね。
内容はいつも通りでしたw
それにしても、断絶者である僕の家になぜJWが?
区域カードにちゃんとチェックしてないんでしょうかwww


休職

離婚と引越のゴタゴタでふらふらになっていたのですが、この度の断絶。
妻とも母とも縁を切ることになり、さすがに精神的にこたえました。
うつが急激に悪化。
仕事に行く気力が全くなくなってしまい、休職することに。
派遣社員なので、このまま退職になります。。。


詩編27:10

私の父、私の母が、私を見捨てるときは、
主が私を取り上げてくださる。


33

本日、33歳になりました。
特に感慨もないのですが・・・
思えば、父がバプテスマを受けた時、33歳だったはず。
そんな父は今年、還暦。
今ごろ、どうしてるんでしょうねえ・・・
音信不通です。
この最近、身の回りで色々と変化がありまして、バタバタしております。
落ち着いたら、またオフ会したいなあ。


認知の歪み

最近、認知の歪みという言葉を知りました。
http://www.ncn-k.net/azaz/nintip02_1.htm

1.全か無か思考(all-or-nothing thinking)
 ほとんどの問題は, 白か黒かのどちらかに決めることはできず、事実はそれらの中間にあるものですが、物事を見るときに、「白か黒か」という2つに1つのの見方をしてしまうこと。

2.一般化のしすぎ(overgeneralization)

 1つの良くない出来事があると,「いつも決まってこうだ」、「うまくいったためしがない」などと考えること。
 このような考え方をすると、いやなことが繰り返し起こっているように感じてしまうので、憂うつになってしまいます。
3.心のフィルター(mental filter)
 1つの良くないことにこだわってくよくよ考え、他のことはすべて無視してしまうこと。
 ちょうど1滴のインクがコップ全体の水を黒くしてしまうように。「心のサングラス」ともいう。
 このような思考パターンに陥ると、なにごともネガティブ(良くない方向の考え方)に見てしまうので、気分は、当然暗くなります。
4.マイナス化思考(disqualifying the positive)
 単によいことを無視するだけでなく、なんでもないことやよい出来事を悪い出来事にすり替えてしまうこと。
 「心のフィルター」は、ある出来事のいいことを無視することをいいますが、「マイナス化思考」はよかった出来事や成功したことの価値を引き下げることになり、ますます悪い「認知のゆがみ」のパターンということができます。
5.結論の飛躍(jumping to conclusion)
 特に確かな理由もないのに悲観的・自分は良くないんだ・悲しいというような結論を出してしまう。
 a. 心の読みすぎ(mind reading):ある人が自分に悪く反応したと早合点してしまうこと
 b. 先読みの誤り(the fortune teller error):今の様子は確実に悪くなると決めつけること
6.誇大視と過小評価(magnification and minimization)
 自分の短所や失敗を大げさに考え,逆に長所や成功したことをあまり評価しない。
 「双眼鏡のトリック」とも言う。
7.感情的決めつけ(emotional reasoning)
 自分の感情が現実をリアルに反映して、事実を証明する証拠であるかのように考えてしまうこと。
8.すべき思考(should thinking)
 何かやろうとする時に「~すべき]「~すべきでない」と考える。
 何かをやろうとするときに、常に「~すべき」「~すべきでない」と考えると、その基準に合わせようとして自分自身を追い詰めることになります。
 できなかった場合は、あたかも自分が罰せられたように感じて、自分で自分が嫌いになったり、暗い気分になったりしやすいのです。「すべき思考」を他人に向けると、他人の価値基準とはたいていの場合は合いませんから、それでイライラや怒りを感じることになります。
9.レッテル貼り(labeling and mislabeling)
 ミスや失敗をした時に,「自分は負けだ」、「とんまもの!」などと自分にネガティブなレッテルを貼ってしまうこと。
 レッテル貼りは、「一般化のしすぎ]がはっきりとした形で現れたものです。レッテル貼りをすると、感情に巻き込まれて冷静な判断ができなくなります。
10.自己関連づけ(personalization)
 何か良くないことが起こった時、自分に責任がないような場合でも自分のせいにしてしまうこと。
 「自己関連づけ」の思考パターンを繰り返すと、罪の意識を感じることになり、その結果自己評価が低下してしまいます。
http://yukitachi.cool.ne.jp/utsu/u62ninchi.html

・認知のゆがみと人格障害・AC(アダルトチルドレン)
 生育歴の関係で人格の形成がうまくいかず、うつ状態でなくても、「自我」が弱まっている人の場合を考えてみましょう。
 このような人は、「自我」が最初から一貫性を保てず、「スキーマ」から「認知のゆがみ」が現れやすくなっています。
 これが「境界性人格障害」や「自己愛性人格障害」、「回避性人格障害」、「依存性人格障害」など、人格障害と呼ばれている人たちです。
 だからこそ、うつ状態に陥りやすいわけですね。
 メンタルヘルス関係のホームページや掲示板等でよく見かけるAC」(アダルトチルドレン)も、親が「アルコール依存」だった、「機能不全家庭」で育ったなど、生育歴が原因で「自我」が弱まっていると考えることができます。つまり、「人格障害」と同様なわけですね。
 したがって、「スキーマ」から「認知のゆがみ」が現れやすく、うつ状態に陥りやすくなります。
 高ストレス状態が続いたことが原因で脳の機能が低下し、精神力がなくなってしまった場合が「うつ病」ですが、「人格障害」や「AC」は、もともと自我の機能が弱体化しているわけです。したがって、うつ病とは違う「病態」(その病気の患者に現れる特徴的な症状と経過)となります。
 たとえば、責任転嫁、他罰的傾向、攻撃行動、強い衝動性、激しい感情の起伏、現実に対する自分本位で身勝手な解釈、記憶の歪曲や脱落などは、うつ病ではほとんど見られない症状です。
 精神力がなくなってしまう「うつ病」とは違い、その行動は時にエネルギッシュです。振り回され、へとへとに疲れきって、まわりの人の方がうつ病になってしまうこともあります。
うちの親父、まさにこれです・・・。
親父は機能不全家庭で育ちました。
親父の精神的傾向として、責任転嫁・他罰的傾向・攻撃行動・現実に対する自分本位で身勝手な解釈などがみられました。
現役JWや元JWにも、これらの傾向を持っている人、いますよね。
本人が自らの「認知の歪み」を自覚し、修正していかないと、自らも「生きづらさ」を抱えたまま生きていくことになるだけでなく、周囲を振り回してしまいます。
JWの教えも、認知の歪みを助長している側面があると、僕は思います。
たとえば「エホバかサタンか思考」とか、「すべき思考」とか・・・。


某オフ会…続報

訂正記事が出てましたね。
もう一方のオフ会主催者は、わざわざ電話してきてくれました。
当事者にしか分からない事情とか、いろいろあるんだなあ…というのが実感。
たしかに、考え方や価値観の相違で、すれ違ってしまうことってありますよね…
でも、時が経つうちにお互いを理解し合える、違いを受け止める「懐の広さ」を身に着けたいものだと、僕は思いました。


某オフ会が白紙になった件

いまいち状況が把握できてない僕が、余計なことを言わへんほうがええんやろけど…
せっかくオフ会を計画したのに、おじゃんになってしまうのは、悲しいよね。
しかも同日に別のオフ会とか…
人間不信になってまうやん。
JWの中もいろいろあったけど、元JWも、ほんまいろいろやね…


第19回カルト救出全国セミナー

真理のみことば伝道協会主催
第19回カルト救出全国セミナー
「被害者家族に何が出来るか」

日時:2010年2月11日(木)午前10時-17時

講師: ジャン・ドウゲン師、ウィリアム・ウッド師 
会場: 関西聖書学院(KBI)
奈良県生駒市門前町22-1
TEL:0743-70-8600 / Fax:0743-70-8601
http://www.kbiwave.com/access.html
費用:3000円

真理のみことば伝道協会
http://www.jesuscom.org/helpcult/index.php


証しか、布教か

※ JWを辞められた方の進む道は、人それぞれだと思います。
※ 宗教を信じる自由も信じない自由も保障されるべきだと
※ 思っています。
※ 僕は、自分の教会が唯一だとは思っていません。
※ 「JWの誤りと、本来の聖書の教え」について知りたいと
※ 思われる方には喜んでお話させていただきますが、
※ 諸教会に拒否感をお持ちの方に、JWみたいな強引な勧誘を
※ したりはしませんので、ご安心を。

僕の、mixiプロフィールに載せている文章の一部です。
証し」・・・神様からいただいた恵みを人に伝えること。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC_%28%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%29
布教」・・・ある宗教を一般に広めること。
mixiで、「僕が布教活動をしている」といって、某・元JWコミュ管理人から苦情メールが来ました。
僕は、自分の信条を尋ねてこられた方に「証し」することはあっても、「布教」するつもりはありませんし、布教した覚えもありません。
伝道なんてもうこりごりです。
開拓者だったころ、家の人の、いかにも面倒くさそうな顔を見るだけで、「来なければよかった」と何度も思いました。
それなのに・・・
僕が布教活動?とんでもない。まっぴらごめんです。


2010年オフ会・第1弾

いやあ、今日の昼間はひさびさにぬくかったですね。
明日はさらに温かくなるとか。
でも週末には寒さが戻るとか・・・気温変動激しすぎ(>_<)
そんなこんなで春が待ち遠しい今日このごろですが、春のオフ会開催予定告知です。
3/20(土) or 21(日) のいずれかで
開催予定です。
詳細は追ってお知らせします。


ウッド牧師、TV出演

「真理のみことば伝道協会」サイトより。
http://www.jesuscom.org/helpcult/


2010年1月16日と17日に放映されるハーベスト・タイムのテレビ番組に、ウィリアム・ウッドが出演することになりました。ホストの中川健一師と共に、『カルトにだまされないために』というテーマを取り上げます。放映時間は次の通りです。


◎テレビ金沢 16日朝4時55分
◎三重テレビ 16日朝5時半
◎沖縄テレビ 16日朝5時半
◎KBS京都 16日朝6時25分
◎サンテレビジョン 16日朝7時
◎テレビ和歌山 16日朝7時
◎びわ湖放送 16日朝8時
◎テレビ埼玉 16日朝8時半
◎群馬テレビ 16日朝8時半
◎千葉テレビ 16日朝9時半
◎テレビ神奈川 17日朝7時半
◎岐阜放送 17日朝7時半
◎奈良テレビ 17日朝7時半

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真理のみことば伝道協会主催
第19回カルト救出全国セミナー
「被害者家族に何が出来るか」
日時:2010年2月11日(木)午前10時-17時

講師: ジャン・ドウゲン師、ウィリアム・ウッド師 
会所: 関西聖書学院(KBI)
奈良県生駒市門前町22-1
TEL:0743-70-8600 / Fax:0743-70-8601
費用:3000円


ハイチ大地震・・・これも「終わりの日」のしるし?

阪神大震災から15年となる1月17日を目前にして、13日、ハイチで大地震が発生しました。
ハイチ大地震は阪神大震災と同様、直下型(震源が10km程度と浅い)のため、甚大な被害が発生しています。
しかも震源は、200万人以上が住むといわれる首都ポルトープランスのすぐ近く。
さらに、ハイチが世界有数の最貧国で、建物の耐震設計は不十分。建物の多くは鉄筋が入っていないため、大多数の建物が崩壊、数多くの人々が生き埋めになっています。
いまだ、被害の全貌は把握できていないのが現状です。
今回の大地震は、地震が天災であると共に「人災」としての要素も大きいことを示しています。
最近、静岡で震度5強の地震が発生しましたが、地震対策がしっかりしていたため、被害はごくわずかでした。
エホバの証人は、1914年以降、「終わりの日」のしるしの一つとして「地震が頻発している」とさかんに喧伝していますが、地震の発生回数が増えているのではなく、人口の密集化が進んでいるために都市部で地震が発生したときに被害が甚大になっているのです。
そもそも、地震計が発明されたのが1880年。それ以前に発生した大地震で、観測・記録されていないものは多くあるわけです。
詳しくは、以下を参照ください。
http://members.at.infoseek.co.jp/thinkJW/koen.htm


懲らしめと愛

小さい子どもを叩くしつけも必要? 米調査で「良い子に育つ割合が高い」。
http://www.narinari.com/Nd/20100112861.html

米国の心理学者が「最後に叩かれたのはいくつのときだったか」という調査を実施。現在の環境と比べ、「叩かれる」ことと成長の関連性を調べる研究を行った。
その結果、全体の4分の1は「全く叩かれた経験がない」ことが判明。そして、全く叩かれたことがない人は、叩かれた経験のある人に比べ「あらゆるポイントで、ほかのグループより悪い結果になった」そうだ。具体的には「反社会的行動や早めの性交渉、暴力やうつ」など、何らかの精神的な問題を抱えやすい傾向が見られたという。
最も良い結果になったのは「2歳から6歳までに叩かれた人」で、次いで「7歳から11歳までに叩かれた人」。ここでの違いは、7歳から11歳までの経験者の方が「よりケンカをしやすい」傾向があったものの、叩かれた経験のない人よりは「進学では成功している」そうだ。
また、英紙デイリー・メールでは、叩かれた経験のある人は「将来設計や生活力、大学での向上心やボランティア作業など、多くの能力に信頼が見られた」と伝えている。ただ、「12歳を過ぎても叩かれた人だけ、否定的な影響を受けると分かった」ともあり、子どもが大きくなってから手を出す場合は、充分な注意も必要らしい。
全体の4分の1が「全く叩かれた経験がない」とのこと。
親が子供に毅然とした態度を取れないのは、実に嘆かわしい風潮ですよね。
しつけをしてもらえない子供がかわいそうです。
子供に対して懲らしめが必要なのは当然のことです。
とくに幼児期は、くどくど説教しても無駄でしょう。
簡潔かつ明快に、正しいことと間違っていることとを教え込むには、時には「むち」を使う必要もあるでしょう。
問題は、子供の成長に合わせて、子供自身の良心や判断力をどうやって育てるか、だと思います。
いつまでも怒鳴りつけたり体罰をしたりしていては思考停止してしまい、良心や判断力が育ちません。
むしろ、子供が納得するまで話し合うほうが必要になってくると思います。
「むち世代」のJW2世の多くが、本来は良心や判断力を育てるべき時期に、体罰や恫喝によって抑圧され続け、その影響がその後の人生の「生ききづらさ」につながっているように思えます。
僕自身、父からの度重なる恫喝のために、自尊心の欠如や「生きづらさ」を感じてきました。
それから、もうひとつ大切なことは、「叱った分の倍、ほめる」ことです。
子供が、無条件に愛されていると感じること、親は自分を愛しているがゆえに自分を正しい道に導こうとしてくれているんだと感じられること、これが大切だと思います。
親が感情にまかせて当たり散らしていては、子供は傷つきます。
親の言うことが一貫していなければ、子供は不安になります。
「あんたはいらない子だ」などと言われようものなら、自尊心の欠如は、子供の人生に大きな悪影響を与えることでしょう。
親の言いつけを聞かなかったりしたとき、「あんたはサタンの子だ」などと罵倒されたJW2世はどれほどいることでしょう。親たちは、その言葉が子供の心をどれほど傷つけているか、分かってないんでしょうね・・・
ちなみに、エホバの証人が用いている新世界訳聖書では、箴言の中に「懲らしめ」という語が30回出てきます。
ところが、新改訳聖書でそれらの聖句を見てみると、「懲らしめ」ではなく「訓戒」と訳されている箇所のほうが多いです。
たとえば、エペソ6:4を、新世界訳と新改訳で比較してみます。
(新世界訳) また、父たちよ、あなた方の子供をいら立たせることなく、エホバの懲らしめと精神の規整とをもって育ててゆきなさい。
(新改訳) 父たちよ、あなががたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒とによって育てなさい。
エホバの証人が過度に「懲らしめ」にこだわる一因として、新世界訳において度々「懲らしめ」という語が現れることも関係しているように思います。


帰省

元旦と2日は実家にいました。
ひさしぶりに帰った実家にはTVが置いてあり、二日間のほとんどはTV(ほとんどお笑い番組ばかりでしたが)を見て過ごしました。
おかげで、JWネタを振られることもほとんどなかったのですが・・・
「創造の驚異」とかいうDVDを見せられました。
まぁ、よくできていますが、「エホバ」を連呼するのと「楽園での永遠の命」に話をもっていくところがどうも・・・
あと、夕食のときにお祈りをさせられました。(-_-;
やはり実家はいろいろ気を遣うので疲れます。
ネット環境もないのがつらい。
携帯で必死にmixiの「サンシャイン牧場」をやってました。(^^;
でも、下の弟が甘えてくると、兄としては嬉しくなっちゃうんですよね。
未信者のご主人が、家族のためにJWになろうと思う気持ちってこんなのかなぁ、とか思ったりしました。


あけましておめでとうございます

2010年になりました。
大不況のまっただ中、先行きの見えない世の中ですが、
心の中では、いつも希望を抱きつづけていたいと思います。
昨年、ブログを通して知り合うことができた、たくさんの方々に感謝します。
今年もどうぞよろしくお願いします。