定番の讃美歌をどうぞ♪
荒れ野の果てに
諸人(もろびと)こぞりて
聖しこの夜
元エホバの証人2世じょえるの七転八倒記
定番の讃美歌をどうぞ♪
荒れ野の果てに
昨日、発達障害当事者の会に参加してきました。
二次会が盛り上がり、気がついたら20時半まで話し込んでました。びっくり。
心を開いて、自分の気持ちを表現する練習、
自分の特性を理解し、どうやって周囲に理解してもらえるよう伝えるかの工夫、
そして、しばし現実から逃避して、ただ趣味に盛り上がり、没頭できる時間。
どれも大切やなぁ~と思いました。
あせらず、ゆっくり、ぼちぼち、心を開ける、互いの特性を認め合い、一緒に前を向いて歩いていける仲間を増やせたらいいなぁ・・・と思っております。
といいながら、楽しそうなカップルとすれ違うたびに「うぅ、ちょっと切ない(´;ω;`)」と思っちゃったりもするねんけどね。
先日、2度目の診察に行ってきました。
担当医師が代わって、今回からは院長先生に診ていただくことに。
基本的に本で読んだような内容ばかりで、特に「これは新たな発見!」というのはなかったです。
次回、心理検査の結果をコピーさせてもらって、自己分析しようと思っています。
僕の強みと弱みはどこなのかを理解するのが第一歩かなと。
あと、アスペ当事者の方が書いておられる本を何冊か買ってきて、読んでいるところです。
具体例がいくつも載っていて、自分でも実践できそうなポイントがいくつもあるので、役立ちそうです。
それから、2ヶ月半ぶりに職場復帰できることになりました。
自分の特性を把握しながら、マイペースで働いていければと思っています。
なんだかんだで、自分のことで手いっぱいな毎日です。
心の余裕がなさすぎて、11月は教会もさぼりっぱなしでした。
アドベント(降臨節)期間に入ったことですし、今度の日曜こそは教会へ行こうと思います♪
前回の診察から3週間。
いろいろ心理検査を受けて、ようやく診断が。
アスペルガーとのことでした。
ADHDでは!?と尋ねたのですが、ADHDの傾向はあまり見られないとのことでした。
医師の説明では、耳より目から情報を取り込むのに問題がある、とのことだったのですが、
どうもしっくり来なかったです。
自覚としては、耳からの情報をさばき切れない(電話で立て続けに用件を話されるとか、
業務引継ぎなど口頭でたくさんの情報を聞いても処理しきれない)けど、マニュアル化
されていれば、それなりのスピードで把握できると思っていたからです。
次回診察から担当医師が交代するとのことで、またふりだしに戻るのか・・・との思いも。
1時間以上かけて京都まで通うのがしんどいので、この機会に転院を・・・と思っていたのですが、
しばらく無理そうです。
まだまだ模索が続きそうです。
元統治体成員レイモンド・フランズの「良心の危機」。
PDF版が購入できるようです。
[せせらぎ出版ダウンロードサイト] PDF版『良心の危機』 オーダーページ
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価格は 1190円 となっています。(10/26時点)
先週、大阪市内にある専門医の診察を受けました。
幼少期の私について説明してもらえるよう、母に頼んでみたところ、付いてきてくれました。
去年、断絶して以来、1年数ヶ月ぶりに、母とまともに会話ができました。
ただ・・・やはり話は宗教問題に。
「あなたが戻ってこない限り、家族として親しくすることはできない」と、改めてきっぱり言われました。
「最大の親不孝」とも言われました。
つらかったです・・・
でも、もう仮面をかぶることはできないし、したくない。
私は、ありのままの私を愛してくださる神と共に生きたい。
そして、ありのままの私を受け入れ、助けてくれるサポーターに支えられながら、回復していきたい。
診断が下りるのは、11/8(火)です。
昨日、弟から電話がありました。
第二子誕生との知らせでした。
ただ、呼吸が弱いらしく、大きい病院へ転送されたそうです。
経過が心配ですが、乗り越えて、健やかに育ってくれることを祈っています。

昨日、本屋さんで見つけました。
立ち読み始めたら、あっという間に100ページほど読み進めてしまい、さっそく買いました。
さきほど読み終えたばかりです。
まだ読んだ情報の咀嚼ができてませんが、ひとまず読後感を書いてみます。
エホバの証人2世とその親において、本書の内容が当てはまるケースは多々あるのではないかと思います。
僕自身、本書に書かれている「発達凸凹」まさにそのものです。
幼い頃のADHD(多動、衝動、不注意) → 高機能自閉症スペクトラム障害(いわゆる「アルペルガー」) → 気分障害(うつ病) という経過を経ましたが、それが子どものころに受けた虐待によるトラウマ(心的外傷)によって「心の複雑骨折」状態になっていたことに改めて気づきました。
親子関係が虐待的絆(歪んだ愛着)となっているため、これを修復することは容易なことではありません。
対人関係において、支配-被支配という虐待的対人関係を反復してしまいます。
今も、解離やフラッシュバックを度々経験しています。
本書で得られた情報や、本書を読んで心の中から出てきた荷物を、今後どう処理し、心を癒していくか。
かかりつけの精神科医やカウンセラーと相談してみようと思いました。
私が初めて「元JWのオフ会」に参加してから、もう10年近く経ちます。
当時、僕は無宗教でした。
JWを自然消滅し、神を信じてはいましたが、どの宗教組織に所属したいと思っていませんでした。
そんな僕が、本音を吐き出せたのが、元JWのオフ会でした。
ありのままの僕を笑って受け入れてくれた戦友たち。
彼・彼女の笑顔に癒されて、僕は今まで生きてこれました。
教会に通うようになり、クリスチャンとなった今も、僕の基本理念は変わりません。
僕には僕の、オフ会への思いがあります。
JWを離れて、どこに行けばいいか分からない。
これから自分が幸せになれるのか、本当に自由になれるのか自信がない。
そんな人が、「なんや、元JWってみんな明るいし楽しそうやん。私もJWを離れて、この人たちみたいになれるかも」って思ってもらえる場を作りたい。
それが僕の願いです。
なかなか定期的にとはいきませんが、今後もオフ会を企画します。
今まさにJWを離れ、世の大海に一歩踏み出そうとする人を応援するために。
だから、僕が企画するオフ会は、常にオープンです。
クローズドでやりたい方は、クローズドでなさればいい。
もし、クローズドな会に僕を誘っていただければ、むっちゃ嬉しい。
そのときは参加者の一人として、楽しませてもらいますし、幹事さんに余計な負担をかけるようなことはしません。
その代わり、僕が幹事のときは、上記のとおり、僕のポリシーに基づいて仕切らせてもらいます。
それから、誤解のないよう、一言。
僕は現在、クリスチャンですが、オフ会を「伝道」とか「勧誘」の場とは考えていません。
JWから離れて、「この世」で生きる自由と幸せを実感してもらうことこそが、第一かつ最優先の目的であり、
今後の人生において何を信心するかを選ぶのは、社会人として生きていく中で考え、模索する、さらに先のステップだと考えているからです。
無神論・無宗教で生きていくのも、ひとつの選択です。
聖書の神を信じて生きていくのも、ひとつの選択です。
どの教会に行くかどうかなんて、僕にとっては全くたいしたことじゃありません。
そもそも神は、どの教会に行きなさいなんて指図されるような方ではないと僕は信じています。
どんな選択をされるにしても、誰にも強制されない、自分で選んだ、自分の人生を踏み出す元JWを、僕はずっと応援しています。
あなたは決してひとりじゃない。
あなたは、この世で生きる価値があり、必要とされており、愛されています。
そのことを実感してほしいと思っています。
みんなが幸せになれますように。
そして、だれもが孤独にさいなまれることなく、互いに支え合い、気遣い合い、生きていけますように。
映画「オーシャンズ11」の最後のシーンで出てくる、ラスベガスの噴水。
実物を見たことがあります。
はるか遠い昔のことのように思えます。
あれから、僕は何をしてきたのだろう・・・
そして、これから僕には何ができるのだろう。
これまで、たくさんの人からいただいた愛と親切。
恩に仇で返すようなこともしてしまったことも数えきれません。
自分はあまりにも罪深く、惨めで、情けない人間です。
絶望し、自ら命を絶っていたかもしれません。
それでも、そんな僕のために、イエスさまは十字架で命をなげうってくださった。
「悔い改めなさい。そうすれば、わたしはあなたを許し、あなたをきよめよう」と言ってくださった。
そのおかげで、こんな僕ではありますが、生かされています。
これからも、生きていきたいと思います。
人のために何の役にも立てない、世界の片隅でただ生きている、ちっぽけな存在でしかありませんが、生かされています。
そのことに、ただ感謝するしかありません。
7/13,14 の両日、名古屋で JWTCの移動教室が開かれるのですが、そこで時間をいただき、2世としての体験をお話することになりました。
これまでブログに綴ってきた、自分のJWとしての生い立ちを改めてまとめてみました。
カンボジアで宣教されている、ウィルキンス祐子・クリスご家族が、城東キリスト教会に来てくださいました。
http://www.geocities.jp/fmkaisenshienkai/willkins01.html
カンボジアでの宣教・自立支援についてお話を聞いた後、「夢」についての奨励をいただきました。
使徒2:17,21。これはヨエル2:28,32の引用です。
『神がこう仰せになる。終りの時には、/わたしの霊をすべての人に注ごう。
そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、/
若者たちは幻を見、/老人たちは夢を見るであろう。
そのとき、主の名を呼び求める者は、/みな救われるであろう』。
「若者たちは幻を見、老人たちは夢を見る」とあります。
若い人も年取った人も、聖霊を注がれた人は皆、夢を見ると預言されています。
では、あなたの夢は何でしょうか。
夢を壊す要素が4つあります。
1.この世の常識
家族や親戚、親しい友人ほど、夢破れたときを案じて、否定的なことを言いがちなものです。
2.環境やしがらみ
「自分はこの仕事をやらなければならない」「家族の面倒をみなければならない」といったしがらみによって、
夢の実現をあきらめ、今までどおりの生活に戻ってしまうことがあるかもしれません。
3.自分自身
自分には夢を実現させるだけの学歴がない、経験がない、資質がないと思ってしまい、あきらめてしまうことがあるかもしれません。
4.夢そのもの
その夢が神から来たものかどうかによって、夢を実現できるかが変わってきます。
使徒2:21には「主の名を呼び求める者は、みな救われるであろう」とあります。
この目的を達成するため、聖霊はわたしたちに働き続けます。
自己実現を夢の動機とすること自体は間違いではありませんが、自己実現が第一の動機となっている場合、神はその夢を“壊される”ことがあります。
では、あなたの夢は何か?それを知るためのヒントが3つあります。
1.神はあなたのすべての好みを用いられる
自分がやりたいこと、好きなこと、神はそれを用いられます。
2.神はあなたのすべての経験を用いられる
3.神はあなたのすべての恐れを用いられる
恐れがなければ、神に依り頼まなくても、すべて自分の力で実現できてしまいます。
恐れがあるからこそ、神に依り頼み、そこに神の力が働きます。
そして、あなたの夢を見極めるための手段が4つあります。
1.直感
2.みことば
直感だけでなく、その夢を指し示すみ言葉が与えられるとき、それが神からのものかどうかを見極めることができます。
3.霊的な先輩
アドバイスを受けることにより、夢を見極めることができます。
4.夢の実現のために一歩踏み出すとき、おのずと道が開かれるか
私が子供のころ抱いていた夢は、エホバの証人の宣教者になることでした。
しかし、組織につまずき、教理に疑問を抱き、鬱になったのを機にエホバの証人から離れ、その夢を諦めました。
それからの私は、目の前を生きることだけに必死でした。
社会人になり、結婚し、ささやかな幸せをつかみたいと思っていました。
その後、正社員になり、結婚しました。
夢を実現できたという満足感がありました。
しかし、それも長続きしませんでした。
鬱が再発して仕事を辞めざるを得なくなり、結婚生活も破綻しました。
自分の生きている目的は何なんだろうと自問しつづけました。
そんな中、私は救われ、クリスチャンとなりました。
私の目の前に思いがけず、牧者となるという道が開かれました。
私には、エホバの証人に対して、特に2世に対する強い思いがあります。
クリスチャンになる前から、2世が自立し、自由をつかみ、幸せになってほしい、そのために自分の経験を生かしたいという思いを抱いてきました。
それが私に対するひとつの召しであるという確信が、受洗してから今日に至る2年の間に強くなっていきました。
祈りつつ、みことばを学びつつ、牧師をはじめとして霊的な先輩の方々に相談するうちに、神学校に進む道が指し示されてきました。
改めて献身の誓いを立てた私には、恐れがあります。
自分のような無力で学歴のない者に何ができるというのか。
これから押し寄せる数多の問題に押しつぶされ、また倒れてしまうのではないかという不安は消えません。
しかし、その恐れがあるからこそ、神に依り頼めることを、私は心から感謝しています。
私が自分の力ではなく、神の力によって、神のみこころを実現するために働かせていただけることは、喜びです。
元JW 恒例の夏オフ会の案内@東京が来ました。
幹事のとしきさんに転載許可をいただきました。
僕も今年こそは参加しようと思っています。
未曾有の大震災から間もなく2ヶ月になろうとしています。
案の定というか、エホバの証人は震災をネタに伝道してるようで。
というわけで、ご参考までに以下の記事を。
https://twitter.com/#!/p_takeo/status/63133918953607168 より。
創造と進化? ?牧会者の視点から
“Creation, Evol ution, and Christia n Laypeople”
ティム・ケラー(Redeemer Presbyterian Church牧師)
http://biologos.org/uploads/static-content/TimKellerWhitePaperJapanese.pdf
進化に関する科学的な記述と、自分たちの伝統的な神学的信念の間で、どのように折り合いをつけたらいいのでしょうか。キリスト教の求道者や探求者にいたっては、キリスト者以上に当惑しています。キリスト教信仰の大部分に心を惹かれても、「聖書を信じるためには科学を拒絶せよというなら、私にはとても聖書を信じることはできない」と思ってしまうのです。
私自身、同じ戸惑いを抱いていましたので、とても納得できる説明でした。
ぜひご一読なさってみてください。
今日はイースター礼拝。
そして、入会式がありました。
以下、私の証です。
私はエホバの証人の家庭で育ちました。
5歳のころから聖書を読み、聖書を学んできましたが、エホバの証人だけが真の宗教、真のクリスチャンであると教えられていました。
エホバの証人は聖書を独自に解釈しています。
三位一体を否定し、神様はエホバただひとりであって、イエス・キリストは神ではないと教えています。
また、イエスは十字架ではなく真っ直ぐな杭にかけられた、十字架のルーツは異教なので、十字架を掲げている教会は異教の影響を受けていると教えます。
それで、私にとって十字架は、鳥居やお寺の卍と同じようなイメージ、異教のシンボルだと思っていました。
エホバの証人は、布教活動にたいへん熱心です。
私も、小学校に入学すると同時に伝道者になり、かばんに「ものみの塔」を入れて、家から家を訪ねていました。
そして、小学6年のときにバプテスマを受けました。
将来は宣教者になると心に決めていましたので、先生から大学進学を何度も勧められましたが断り続け、商業高校を卒業した後は、パートの仕事をしながら布教活動中心の生活をしていました。
しかし、エホバの証人の教えは福音とはほど遠いものです。
エホバの証人にとって救いは、ハルマゲドンが来るまでずっとエホバの証人の組織にとどまって、様々な規則を守っていれば得られる「見込み」に過ぎません。
ローマ5:21は「罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである」とありますが、エホバの証人が使っている新世界訳聖書では、この箇所が「永遠の命の見込み」となっています。
自分が救われたという確信を持っていないのに布教活動をしなければならず、とてもしんどかったです。
また、父との関係も私にとって大きなストレスでした。
父も祖父から愛されずに育ち、常々「自分はどうやって愛を示せばいいか分からない」と言っているような人でした。
そんな父はエホバの証人の中で「長老」という、会衆における牧師のような立場にありましたが、他の長老との激しく対立し、そのトラブルに私も巻き込まれ、精神的に限界に追い詰められていきました。
20歳のとき、私は実家を離れて京都市内で一人暮らしをはじめましたが、まもなく鬱になって寝込んでしまい、仕事を辞めざるを得なくなりました。
鬱になったのをきっかけに、布教活動に出かけるのもやめ、パートではなく正社員の仕事を探しました。
そのころからエホバの証人としての活動はフェードアウトし、仕事に没頭するようになりました。
ただ、エホバの証人を辞めることは、エホバの証人である家族や仲間との絶縁を意味します。
そのため、正式に脱退することは、当時の私には考えられませんでした。
それから数年経ち、うつもなくなり、バリバリ仕事をこなせるようになりました。
そのころ会社の同僚と結婚しました。
相手の女性はもちろんエホバの証人ではありませんので、母は反対しましたが、反対を押し切って結婚しました。
その後、妻が職場のいじめをきっかけにうつになり、仕事を辞めたあとは完全に家に引きこもってしまうようになりました。
そのころ、私も当時の仕事が多忙を極め、過労からうつが再発してしまいました。
自分も妻も精神的にボロボロになり、誰かに相談したいと思いましたが、反対を押し切って結婚した以上、親に相談することもできません。
そこでふと、「教会に行ってみよう」と思い立ちました。
十字架に対する心理的な抵抗はありましたし、エホバの証人が教えていることはおかしいというのは漠然と感じていましたが、具体的にどこが間違っているのか、本当の福音とは何か、当時の私は全く分かっていませんでした。
そこで、インターネットで検索し、実家の近くにある宇治バプテスト教会を訪ねました。
牧師ご夫妻との対話を通して、またそのころ購入したウィリアム・ウッド先生の「エホバの証人の教えと聖書の教え」といった本を読むことによって、ほんとうの神様はどんな方でいらっしゃるのかを理解するようになりました。
神様に受け入れられる人間になろうと努力しなくても、ありのままで神の胸に飛び込んでいけばよい。
そうして神の愛に触れた結果、愛の人に生まれ変わることができる。自分をありのままで受け入れるように、人を受け入れることができる、と教えられ、「聖書はそんなことを教えていたのか!」という驚きの連続でした。
自分が今までいかに恵みから遠く離れたところにいたのかを知り、インマヌエル「神われらと共にあり」と心から言えるようになりました。
2009年6月21日、須磨海岸で洗礼を受けました。
しかし、その後も試練の連続でした。
私自身、うつから回復するためにしばらく休養が必要な状態でしたが、妻の病状は深刻でした。
もうひとつ、とてもつらかったことは、共に祈れないことでした。
妻は創価学会の家庭で育ち、ご本尊を信仰していました。
結婚する当時は、お互い宗教とは距離を置いて生活していましたので、衝突を避けていましたが、私も妻も限界に追い詰められたとき、私はクリスチャンとして神に祈り、妻はお題目を唱え、宗教の違いが大きな壁になりました。
何度も話し合った結果、このままでは共倒れになってしまう、お互いの回復のために、また、お互いの信仰を尊重するために、離婚に至りました。
妻は実家に戻りましたが、私は実家に戻れませんでした。
実家に戻れば、またエホバの証人に戻ってこいとの圧力をかけられます。信仰を守るために、わたしはエホバの証人から正式に脱退し、ひとり暮らしを始めました。
親とは絶縁状態になりましたが、詩編27:10にあるとおり、「私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。 」という言葉を実感しています。
主は私に、たくさんの恵みを注いでくださいました。
ローマ5:3,4にある、「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。」という言葉に、心からアーメンと言えるようになったことは、本当に感謝です。
子供のころ、将来は宣教者になろうと決めていました。
マタイ12:20の「いためられた葦を折ることがなく、煙っている灯心を消すこともない」という言葉は、私に対する召しだと思っています。
主のみこころであれば、いつか宣教師としてお用いいただければと思っています。
そして、エホバの証人や統一教会をはじめとするカルトで傷ついた人が福音によって癒されるお手伝いができればと思っています。
晴れるや先生のブログ ( http://ameblo.jp/jesusno1/ )から転載させていただきました。
僕がホープチャペルなんばに導かれ、洗礼を受けるきっかけになった集まりです。
進藤先生の熱いメッセージは、クリスチャンではない人の心にもきっと響くと思います!
ぜひご期待ください!!
貴方がどこに行こうとも、どこにいようとも、神は貴方と共におられます。
決して貴方をお見捨てになることはありません。
神からの平安が、貴方の心を守ってくださいますように。
兄弟。
僕はこれからも貴方のために祈り続けます。
貴方の心が安んじられますように。
未曾有の大震災。
被災された皆様にお見舞い申し上げます。
救援と復興のために祈ります。
遠く大阪の地でも、数分にわたって揺れが続きました。
阪神大震災のときの記憶と衝撃が蘇りました。
大津波の破壊力は想像を絶するものでした。
電気も通ってるし、電車もいつも通り動いている。
大阪の街は平穏ですが、テレビばかり見てるとよくないですね。
憂鬱になっちゃいます・・・。
日本中から、世界中から、支援の輪が広がっています。
壊滅した阪神・淡路も復興しました。
東北・関東も必ず復興します。
希望を胸に、この大きな試練を乗り越えていきましょう。
いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。-コリント第一13:13。
振り返ると、神権宣教学校に入ったのも、伝道者になったのも、バプテスマを受けたのも、自ら望んだからでした。
高校卒業する前後から、自分が何をしたいか分からなくなりました。
目の前に敷かれたレールに乗ってはいましたが、将来の自分を思い描くことができずにいました。
“奉仕の僕”になってから、当時長老だった父が巻き起こす会衆内のトラブルにますます巻き込まれていきました。
そんな父のもとからようやく脱出しましたが、既に僕の精神状態は限界でした。
「うつ」になったせいでJWの出世街道から脱落しました。
でも、本心では、「うつ」になったおかげでレールから抜け出せた解放感がありました。
それからの数年間、社会人として評価してもらえるまで、とにかくがむしゃらに働きました。
父に振り回され、組織に振り回されてきた経験から、もう宗教組織とは関わるまいと思っていました。
そんな自分が洗礼を受け、教会に通ってるのが不思議です。
母との関係を悪くしたくない思いから、JWを脱退するのをずっとためらっていましたが、
でも、今は誰からも強制されていません。
ハルマゲドンで滅ぼされる恐怖もありません。
自分の意志で選び、自分の人生を生きる。
2世にとって、とても大切なことだと思います。
昨日、京都ケズィックで通訳してくださった池田豊牧師のブログより。
ものみの塔にお尋ねします
現役エホバの証人の皆様、ぜひご回答いただければと存じます。
会場が自宅の近くだったこともあり、会社帰りに三日間とも参加できました。
たくさんの恵みをいただけました。感謝です。
日曜は礼拝の後、京都復興教会で開かれる京都大会に出席します。
今日に引き続きエイメス師のメッセージが聞けるのが楽しみです。
就職して3ヶ月経ちました。
一時は風邪をこじらせたり精神的にキャパオーバーになった時期もありましたが、会社にそれほど迷惑をかけることもなく、与えられた仕事をこなしていっています。
契約当初は「3月までのリプレース案件に参画してほしい。できれば、サーバー関係も手伝ってほしい」との要望でした。
この3ヶ月の間に、案件関連の作業に加えて、サーバー運用の仕事もどんどん任されています。
既に2回、東京へ出張し、次回からは一人でも行けるように…と言われています。
単に与えられた仕事をこなすことにとどまらず、他のメンバーも巻き込んで段取りを進めていく面においても上司から期待してもらっているようです。
技術的スキルや経験だけでなく、ポテンシャルの面でも高く評価してもらえていることに感謝です。
神様が、試練を通して私を育ててくださり、この仕事に対応できるよう備えてくださったこと、まさに祝福です。
主のみ名はほむべきかな。
ちなみに、クリスマス前に引っ越しました。
すぐ近所なのですが、部屋も若干広くなり、キッチンも広くなり、ようやくまともな生活を送れる環境になりました。
やっと冷蔵庫を置くことができ、慣れないながらもぼちぼち料理をしています。
仕事も家事も、ようやく慣れつつあるかな…というかんじです。
まだまだ寒い日が続くので、風邪やインフルエンザに気をつけましょう。
皆様の繁栄とご多幸を心よりお祈りいたします。
元JWの皆様は、今も幸せに暮らしておられることと思いますが、もっと幸せになれますように!
現役JWの皆様は、組織のしがらみから自由になって、心の平安を得られますように。
2世の皆様は、親や組織に振り回されることなく、自分の人生の目標を立てて、それを実現するために頑張ってください!応援しています!!
2011年 元旦
Joel