今朝は久しぶりに早起きできたので、早天に行くことができました。
風邪で寝込んだりして、しばらく休んでいたため、数週間ぶりの教会でした。
共に祈りをささげ、主のみ前に近づき、聖霊に満たされ、祝福のうちに一日を始められるのは、ほんとうに素晴らしいことですね。
「風あらしからの隠れ場」となっていない長老たち
J’s World さんから、ペタをつけていただいていましたので、
記事に対してコメントさせていただきます。
「雨あらしからの隠れ場」以上のことを期待しない
http://ameblo.jp/jsworld/entry-10272388119.html
長老たちが「雨あらしからの隠れ場」になってくれるのであれば、
“不完全さ”ゆえにさまざまな欠点を抱えているにせよ、
会衆内で彼らが存在する価値はあったことでしょう。
しかし、「隠れ場」の役目さえ、ろくに果たせない長老を、私は
何人も見てきています。
うつになり、家に引きこもっていた私に対し、長老たちはろくに
牧羊訪問もしてきませんでしたし、何の援助の取り決めも
設けてくれませんでした。
これは、私が実際に経験したことです。
また、多くの元JWのブログを読んでも、日本全国各地に、
そういった長老たちが存在することが明らかになっています。
果たして、彼らは何のために存在するのでしょうか?
彼ら自身の自尊心を満たし、権威を振りかざすためだけにしかみえません。
牧者の役割には、いろいろな面が存在します。
傷を負った羊たちは、優しく抱きかかえられ、油を塗ってもらい、共に祈りをささげてもらうことを
当然期待することでしょう。
羊たちをいやすどころか打ちたたくような「牧者たち」は、神からの裁きを免れないことでしょう。
コメント
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ぱぅ(・∀・)も この人のペタあって コメしたかったのに できなかった!
言い逃げみたぃで むかちゅいた。
(*`Д´*)ゴォラ→
何も助けず 逆に特権乱用して 平信徒を迫害するっス!
この聖句使われると イラちましゅ!
て ココで乗っかって吐いちゃって ごめんなさい。
( 。-_-。)
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イエス様を正しく信じてない人がクリスチャンになること、さらに牧者になることは出来ません。
「新世界約の聖書知識のある『ただの人』」にしか過ぎませんから、羊を相応しく扱う事は無理というものです。
まだ、聖書知識のない一般の人格者の方が上手に扱えると思います。
正しい聖書理解に沿わないやり方は百害あって一利なしです。